涙、夏色に染まれ
 和弘があたしにカメラを向けている。だからあたしは、そっちを向かない。
「結羽ちゃんは、何でいつも標準語ば話すと? そのこと、ずっと気になっちょった。小学生のころの結羽ちゃんは、笑ったりふざけたり、おれたちに打ち解けちょったけど、でも、完全じゃなかった。言葉が違っちょったもん。ときどき寂しくなった」

「寂しいとか、意味わかんない」
「わかってよ。それと、答えてよ。結羽ちゃんの言葉遣い、何でずっと変わらんままやったと?」
「簡単なことだよ。あたしは小近島の子どもじゃないんだから、ここには染まれなかった。染まるつもりがなかったの」

 和弘が、そっと、あたしの名前を呼んだ。「ゆう」が高い標準語と違って、「ちゃん」で上がる独特のイントネーション。

「結羽ちゃん。おれは、結羽ちゃんが初恋の人でした。もっと近付きたかった。なのに、何か、見えん壁があった。それが本当に、ざまんごて寂しかった。嫌われちょらんでも、拒絶されちょっとやなって感じちょった。ダメージ、でかかったよ」

 初恋の人。
 その言葉は、知っている。いつからか、気付いていた。
「和弘って、意外とおしゃべりだよね。あたしの動画のコメント、書き込んだ数がいちばん多くて、いちばんぶっちゃけてる」

 KzHっていうハンドルネームは、和弘だ。あたしが恋を否定した「あたしたち」の唄の意味を、国語の得意な和弘は正確に読み取っていた。
 四人で八つの瞳を交わし合ったあのころから、今だってずっと、あたしは恋なんか知らない。そうやって、手を差し伸べようとする人のすべてを否定して突き放すのは、痛々しい。

 和弘はギュッと眉をしかめた。
「結羽ちゃんに気付いてほしかったっちゃもん。結羽ちゃんとしゃべりたかった」
「動画のほうではしゃべんないって決めてるの」
「おれに気付いちょったとに?」
「そうだよ」

「クールやな。そげんところ、全然変わらん。本当にあっさりした顔して引っ越していったやろ。おれは、ずっとここにおってほしかったとに。本土の中学なんか行かんで、小近島に住んで、おれたちと一緒に船に乗って岡浦の学校に通えばよかって」

 あたしは顔を背けた。
「無茶言ってる。あたしが引っ越さなきゃいけないこと、あんただって最初から知ってたはずだよ」
「知っちょっとと、わかっちょっとって、別やろ? 結羽ちゃんが大人たちに頼み込んで、一人で小近島に残ってくれんかなっち、本気で想像したよ、おれ」

 あたしだって想像した。慈愛院の子どもの面倒を見るのを手伝って、教会にいさせてもらえないか。明日実と和弘の家の手伝いだっていい。住む場所は、もう誰も使わない教員住宅がいくつもある。あたしは小近島の子になりたい。
 そんな都合のいいこと、できるはずなかった。
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