捕まった軍人が優し過ぎてつらい。
第5話 外の世界。
ヨシュアさんがドアを開ける。
「スペアのカードキーは俺が持ってますので、何かあったら言って下さい」
「はい」
部屋の外に出ると、そこは静かだった。
深紅というべきかなんというか、ワインレッドの絨毯が敷かれた廊下が左右に伸びている。
「こちらは65階です。部屋がある階の中では最上階になります。ここにはヴィゼル様と貴女だけの移住区です」
ふかふかの絨毯を踏みしめながら、沢山の部屋のドアを通り過ぎる。
……確かに、部屋の大きな窓から見える景色はすごかった。
普段の街並みが見えて辛いからあんまり見てなかったけど、今度よく見てみよう。
と、エレベーターの前に着いた。
──途端、頭から血の気が引く。
私は、エレベーターに乗ろうとして、人に倒されて、それで……
もし、あの時エレベーターに乗っていたら?
酸素が足りなくなってふらついた身体を、ヨシュアさんが支えてくれた。
「大丈夫ですよ。ここでは貴女に危険はない」
分かっているんだ、この人も。
こちらエストラルの動向は全て筒抜け、読まれていたというわけだ。
……よかった、あの時、転んで。
ふと、その時に助けてくれた女の人の姿が頭を過る。
……ごめんなさい……
「梨花さん、ここから先に行けば貴女はまた辛い思いをします。それを分かっていたから、ヴィゼル様は貴女を外に出さなかったのでしょう。……それでも、行きますか?」
……やっぱり、彼は優しかった。
──でも、私だって、変わらなくちゃ。
いつまでも人の好意に甘えてはいられないんだ。
「はい」
「……では、乗りましょうか」
震える足でエレベーターに乗る。
……私の中で、何かが変わった。
少しずつ、少しずつ。
小さなことから変えていけるかな。
「これから下に降ります。一度1階に行ってから上に行きますね。1階はロビーがあるので……念の為、俺から離れないで下さい」
「はい」
ヨシュアさんが話している間に、エレベーターは1階に着いた。
開かれた扉からは、明るい内装が見える。
豪華なシャンデリア、白を基調としたおしゃれな壁。磨かれた大きい窓ガラス。
絨毯はモスグリーンに変わっていた。
私が絨毯に降り立った瞬間、視線を感じる。
その方を見ると──
「……ぁ」
銃を持った兵士が立って、こちらを見ていた。
脚が震える。呼吸が浅くなる。
嫌だ。思い出したくないのに、
死んでいく人々の姿が、否応にも──
「俺を見て」
その声に、はっと我に返った。
ヨシュアさんが視界を遮るように、私を抱きしめていた。
「辛いものは、見なければ良いのです。一歩ずつ、確実に貴女は変わっている。急ぐ必要などありませんよ」
よくよく見るとヨシュアさんも軍服姿で、固い生地が何故か安心を与えてくれた。
「しかし、彼も誤解されたままだと可哀想ですね。──ケイ、銃を置いてこちらに」
ヨシュアさんはケイ、と呼んだ人に向かってそう言った。すると、はいっという切れのいい返事と共に軍服姿の青年がこちらにやって来る。
ヨシュアさんが言った通り銃はないけど、背が高いからか恐怖を覚える。
咄嗟にヨシュアさんの後ろに隠れてしまった。
「何か御用でしょうか、ヨシュア様」
──ヨシュアさんも偉い人なのか……。
「だから呼んだのですよ。……この子に自己紹介してください」
一瞬、青年の空気が固まった。どうやらびっくりしているらしい。
「失礼ですが、その娘は?」
「ヴィゼル様のお気に入りです」
お気に入り……。
「そうでしたか。──こんにちは」
「……こんにちは」
おずおずとヨシュアさんの後ろから顔を出し、青年を見上げる。
短い茶髪が軍帽からはみ出ているのが見える。ロステアゼルムには多い青い切れ長の瞳をしていた。
「えっと、俺はケイっていうんだ。26歳。配属はここの警備を任されている。家には妻と子供が一人。リルンって言うんだ。趣味はゲームとサッ……痛っ!」
にこにこと話してくれたケイさんが突然頭を抱えて後ろを振り返った。
すると、後ろにはペットボトルを逆さに持った体格の良い男の人がニヤリと笑って立っていた。
「……ッ……なにすんですか先輩っ……」
どうやら、この体格の良い日焼けした人はケイさんの先輩らしい。
かなり大きい。ケイさんより一回りか二回りくらい大きい。帽子を被っていないので、彼がスキンヘッドと緑の目の持ち主だと言うことが分かった。
「悪戯だ、見て分からないのか~?」
「やめてくださいよ中身が入ったペットボトルで頭叩くの。痛いです」
快活な男性はハッハッハッと笑い声を上げた。
「痛くねぇだろ? それにお前帽子被ってるしな。……ん? そのお嬢ちゃんは誰だい?」
突然話を振られてびっくりする。答えたのはケイさんだった。
「ああ、ヴィゼル様のお気に入りだそうですよ。名前はえっと……」
「り……梨花です」
「ほぉ~? お嬢ちゃんが大将のお気に入りねぇ。確かに可愛いが……何でヨシュアに隠れてんだ? 恥ずかしがらなくていいからよ、出て来な!」
腕を引っ張られ、男性の前に立つ。
ひょ~怖。
肝を冷やしていたら、突然抱き上げられた。
「うぇ?!」
「軽いなぁ。こんなんじゃすぐ吹っ飛ばされちまう。腕も足も細いし……大将の趣味だともっと胸がないとじゃないか? お嬢ちゃん飯食ってるか?」
「食べてます……」
ぐるぐる回されて目が回る。
「そうかそうか。元気ならいいんだ。あぁ、オレはルーカスっつうんだ。よろしくな!」
「よ……よろしくお願いします……」
ヨシュアさんが溜息を吐いた。
「ルーカス。その子はおもちゃじゃないんです、遊ばないで下さいよ。梨花さんに何かあったら殺されるのは我々でしょう?」
「おーおー、遊んでねぇって。いやー小っちゃいなぁ。こんなとこで何してんだ?」
質問の順番が滅茶苦茶である。
「見学です……うぇえ」
無理、酔う。
「おっとすまねぇな。見学か、オレが運んでやろうか!」
やっと地面に下ろされたけど、目が回ってふらふらする。
更に咄嗟に巨漢にちょこんと乗せられた自分を想像して気が滅入った。
「いえあの……お気持ちは嬉しいですけど、大丈夫です」
「梨花さん、ハッキリ断っていいんですよ」
「ヨシュアは冷てぇなぁ……。ま、お前がいれば大丈夫だろうな。お嬢ちゃんのこと、よろしく頼むぜ」
「言われずとも。さて、変な所で時間を食ってしまったので、先に行きましょうか」
「あ、はい。ケイさん、ルーカスさん、失礼します」
ぺこりと頭を下げると、二人は笑って手を振ってくれた。
「おう、頑張んな」
「また機会があれば、どこかで」
二人が見えなくなると、ヨシュアさんが私を見て言った。
「どうです? ここの軍人だって皆、悪い人ばかりではないと気付いたでしょう?」
「……そうですね。私、決めつけてました。すみません」
「いえ、いいのです。梨花さんのように素直になれる人はそう多くいません。……それでは、入口の兵に挨拶でもしてから、上に参りましょうか」
「はい。……あ、ヨシュアさん、一つ聞いてもいいですか?」
「はい? なんでしょう」
「ヨシュアさんは、どれくらい偉いんですか?」
率直に訊いてみた。語彙力。
「ふふっ、偉い、ですか。一応、ヴィゼル様の側近、まぁ上から数えて3番目くらいには入ると思いますが。ルーカスとは同僚なので、同率はいますけどね」
あー……この人も相当凄い人だったんだ……。
急に申し訳なくなって来たのだった。
「スペアのカードキーは俺が持ってますので、何かあったら言って下さい」
「はい」
部屋の外に出ると、そこは静かだった。
深紅というべきかなんというか、ワインレッドの絨毯が敷かれた廊下が左右に伸びている。
「こちらは65階です。部屋がある階の中では最上階になります。ここにはヴィゼル様と貴女だけの移住区です」
ふかふかの絨毯を踏みしめながら、沢山の部屋のドアを通り過ぎる。
……確かに、部屋の大きな窓から見える景色はすごかった。
普段の街並みが見えて辛いからあんまり見てなかったけど、今度よく見てみよう。
と、エレベーターの前に着いた。
──途端、頭から血の気が引く。
私は、エレベーターに乗ろうとして、人に倒されて、それで……
もし、あの時エレベーターに乗っていたら?
酸素が足りなくなってふらついた身体を、ヨシュアさんが支えてくれた。
「大丈夫ですよ。ここでは貴女に危険はない」
分かっているんだ、この人も。
こちらエストラルの動向は全て筒抜け、読まれていたというわけだ。
……よかった、あの時、転んで。
ふと、その時に助けてくれた女の人の姿が頭を過る。
……ごめんなさい……
「梨花さん、ここから先に行けば貴女はまた辛い思いをします。それを分かっていたから、ヴィゼル様は貴女を外に出さなかったのでしょう。……それでも、行きますか?」
……やっぱり、彼は優しかった。
──でも、私だって、変わらなくちゃ。
いつまでも人の好意に甘えてはいられないんだ。
「はい」
「……では、乗りましょうか」
震える足でエレベーターに乗る。
……私の中で、何かが変わった。
少しずつ、少しずつ。
小さなことから変えていけるかな。
「これから下に降ります。一度1階に行ってから上に行きますね。1階はロビーがあるので……念の為、俺から離れないで下さい」
「はい」
ヨシュアさんが話している間に、エレベーターは1階に着いた。
開かれた扉からは、明るい内装が見える。
豪華なシャンデリア、白を基調としたおしゃれな壁。磨かれた大きい窓ガラス。
絨毯はモスグリーンに変わっていた。
私が絨毯に降り立った瞬間、視線を感じる。
その方を見ると──
「……ぁ」
銃を持った兵士が立って、こちらを見ていた。
脚が震える。呼吸が浅くなる。
嫌だ。思い出したくないのに、
死んでいく人々の姿が、否応にも──
「俺を見て」
その声に、はっと我に返った。
ヨシュアさんが視界を遮るように、私を抱きしめていた。
「辛いものは、見なければ良いのです。一歩ずつ、確実に貴女は変わっている。急ぐ必要などありませんよ」
よくよく見るとヨシュアさんも軍服姿で、固い生地が何故か安心を与えてくれた。
「しかし、彼も誤解されたままだと可哀想ですね。──ケイ、銃を置いてこちらに」
ヨシュアさんはケイ、と呼んだ人に向かってそう言った。すると、はいっという切れのいい返事と共に軍服姿の青年がこちらにやって来る。
ヨシュアさんが言った通り銃はないけど、背が高いからか恐怖を覚える。
咄嗟にヨシュアさんの後ろに隠れてしまった。
「何か御用でしょうか、ヨシュア様」
──ヨシュアさんも偉い人なのか……。
「だから呼んだのですよ。……この子に自己紹介してください」
一瞬、青年の空気が固まった。どうやらびっくりしているらしい。
「失礼ですが、その娘は?」
「ヴィゼル様のお気に入りです」
お気に入り……。
「そうでしたか。──こんにちは」
「……こんにちは」
おずおずとヨシュアさんの後ろから顔を出し、青年を見上げる。
短い茶髪が軍帽からはみ出ているのが見える。ロステアゼルムには多い青い切れ長の瞳をしていた。
「えっと、俺はケイっていうんだ。26歳。配属はここの警備を任されている。家には妻と子供が一人。リルンって言うんだ。趣味はゲームとサッ……痛っ!」
にこにこと話してくれたケイさんが突然頭を抱えて後ろを振り返った。
すると、後ろにはペットボトルを逆さに持った体格の良い男の人がニヤリと笑って立っていた。
「……ッ……なにすんですか先輩っ……」
どうやら、この体格の良い日焼けした人はケイさんの先輩らしい。
かなり大きい。ケイさんより一回りか二回りくらい大きい。帽子を被っていないので、彼がスキンヘッドと緑の目の持ち主だと言うことが分かった。
「悪戯だ、見て分からないのか~?」
「やめてくださいよ中身が入ったペットボトルで頭叩くの。痛いです」
快活な男性はハッハッハッと笑い声を上げた。
「痛くねぇだろ? それにお前帽子被ってるしな。……ん? そのお嬢ちゃんは誰だい?」
突然話を振られてびっくりする。答えたのはケイさんだった。
「ああ、ヴィゼル様のお気に入りだそうですよ。名前はえっと……」
「り……梨花です」
「ほぉ~? お嬢ちゃんが大将のお気に入りねぇ。確かに可愛いが……何でヨシュアに隠れてんだ? 恥ずかしがらなくていいからよ、出て来な!」
腕を引っ張られ、男性の前に立つ。
ひょ~怖。
肝を冷やしていたら、突然抱き上げられた。
「うぇ?!」
「軽いなぁ。こんなんじゃすぐ吹っ飛ばされちまう。腕も足も細いし……大将の趣味だともっと胸がないとじゃないか? お嬢ちゃん飯食ってるか?」
「食べてます……」
ぐるぐる回されて目が回る。
「そうかそうか。元気ならいいんだ。あぁ、オレはルーカスっつうんだ。よろしくな!」
「よ……よろしくお願いします……」
ヨシュアさんが溜息を吐いた。
「ルーカス。その子はおもちゃじゃないんです、遊ばないで下さいよ。梨花さんに何かあったら殺されるのは我々でしょう?」
「おーおー、遊んでねぇって。いやー小っちゃいなぁ。こんなとこで何してんだ?」
質問の順番が滅茶苦茶である。
「見学です……うぇえ」
無理、酔う。
「おっとすまねぇな。見学か、オレが運んでやろうか!」
やっと地面に下ろされたけど、目が回ってふらふらする。
更に咄嗟に巨漢にちょこんと乗せられた自分を想像して気が滅入った。
「いえあの……お気持ちは嬉しいですけど、大丈夫です」
「梨花さん、ハッキリ断っていいんですよ」
「ヨシュアは冷てぇなぁ……。ま、お前がいれば大丈夫だろうな。お嬢ちゃんのこと、よろしく頼むぜ」
「言われずとも。さて、変な所で時間を食ってしまったので、先に行きましょうか」
「あ、はい。ケイさん、ルーカスさん、失礼します」
ぺこりと頭を下げると、二人は笑って手を振ってくれた。
「おう、頑張んな」
「また機会があれば、どこかで」
二人が見えなくなると、ヨシュアさんが私を見て言った。
「どうです? ここの軍人だって皆、悪い人ばかりではないと気付いたでしょう?」
「……そうですね。私、決めつけてました。すみません」
「いえ、いいのです。梨花さんのように素直になれる人はそう多くいません。……それでは、入口の兵に挨拶でもしてから、上に参りましょうか」
「はい。……あ、ヨシュアさん、一つ聞いてもいいですか?」
「はい? なんでしょう」
「ヨシュアさんは、どれくらい偉いんですか?」
率直に訊いてみた。語彙力。
「ふふっ、偉い、ですか。一応、ヴィゼル様の側近、まぁ上から数えて3番目くらいには入ると思いますが。ルーカスとは同僚なので、同率はいますけどね」
あー……この人も相当凄い人だったんだ……。
急に申し訳なくなって来たのだった。