【完】ファムファタールの憂鬱
ほんの少しだけの前進
あの日見た彼の姿と一緒に…。
「じーん、ほんとお前って万年人たらしだよなぁー」
そう言って、輪の中の一人…快活な感じの男の子が、ジンくんの肩にぽん、と手を当ててそう言う。
それに対して、にこにこと笑って答えるジンくんの柔らかな声。
「そー?そんなことないけどなぁ?」
「えー?迅はたらしっていうか天然なんじゃない?」
今度は華やかな感じ…だけど、嫌味のない雰囲気の女の子が微笑み掛けながら、楽しげに言った。
それにも、ふんわりと笑うジンくん。
「わ、それひどくない?」
突然聞こえて来た声に、会話に、その仕草に……私の耳はダンボのようになって、行動は少しだけ挙動不審になっていった。
わーーー!!
ジンくんだ!
ジンくんだ!
ジ、ン、く、ん、だ!!
私の横を通り過ぎていく彼らに、別に何の接点もないはずの私の心臓は、死んでしまうんでなかろうかというくらいに、バクバクと跳ねる。
それでも、これ以上おかしな行動を取らないようにと、持って来た今日のラッキーカラーである、ミントグリーンのキャンパスバッグを両手できゅっと握り締めて、皆が完全に過ぎ去っていくのを待っていると……。
その時、思いもよらぬ事件が起きた。
「あ。ねぇ?髪に葉っぱついてるよ?」
と、突然声を掛けられて。
咄嗟に「え?」と振り向くと、そこにはにっこりと微笑んだジンくんがいて…。
そのまたフリーズしてる私の髪から、茶色になり掛けた葉っぱをそっと取ってくれた。
「あ、ありがとう…」
心の底からテンパる私。
震える声でそれだけをなんとか言うと、ジンくんはそれまで以上に柔らかい陽だまりのような笑顔で、こう言ってくれた。
「んーん。平気。それよりなんか…さっきから困ってたみたいだけど…大丈夫?」
そんな小さなやり取りに、一緒にいた彼の友達の一人が焦ったようにこう言う。
「おまっ、ばかか!?…相手は天下の静紅サマだぞ?!」
「……静紅サマ?」
「わー…こいつめっちゃ疎い…つか天然過ぎ…」
えっと…。
静紅サマという言葉の真相は、私もかなり気になる所なんですが…。
とは切り出せず、曖昧に笑っていると、ジンくんはきっぱりとこう言った。
「んー。よく分かんないけどさ?俺で良ければ何でも言って?なんかの役には立てるかもしれないし」
え…嘘でしょうー?
そんなことって…起こってしまうんですか?ジーザス?