そろそろ約束の時間になる。

腕時計で時間を確認し、窓の外をチラッと見る。

「なんだか雨の降りそうな景色…。」

ぼつりと独り言をこぼしながら、カフェのカウンター席から立ち上がった。

傘、持ってきてよかったな。

お会計を済ませ、扉に手を掛けて出ようとしたとき、ふわっと頭上から鼻腔をくすぐる湿っぽい大人な香りが届いた。

「そっち、締切。開くのはこっち。」

至近距離の背後から、低くすっきりした声で指摘されて、しばらくフリーズした。

「す、すみません。ありがとうございます」

謝罪とお礼を一息で伝えるのが精一杯。

おそらく同じタイミングで出ようとしていたお客さんなのだろう。

180センチ近い長身の男性に、まるで包み込まれているかのような体勢だった私は、照れのあまり相手の顔も見れなかった。

施錠されていない、開く方の扉に置かれている手に焦点を合わせるばかりだった。
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