願い婚~幸せであるように~
茅島社長が『和花ちゃん』と呼んだことに反応しなかったので、私のことには気付いてないようだ。

しかし、にこやかに話す眼鏡の奥にある瞳に背筋が凍るような思いがした。この瞳を……封印された記憶が呼び起こるような……。

やだ、怖い……。


「和花っ!」


少しでも父との距離をあけようと後退った私の体はフラッと揺らいだ。幸樹さんが素早く支えてくれたが、彼の腕に置いた手は震えた。

「大丈夫?」と耳元で幸樹さんが囁くが一言も返せない。今私の脳内は怖いしかない。幸樹さん、助けて……。


「この一週間、仕事と家事の両立で疲れているのかもしれない。母さん、悪いけど帰らせてもらうよ。なにかあったら、連絡して」

「私のことは気にしないで。明日には家に帰るから。それより和花ちゃん、大丈夫? ベッドをお借りしてとりあえず横になったらどうかしら?」

「いや、車で横になれるから。な、和花?」

「うん……車がいい……」


辛うじて言葉を出せたが、幸樹さんが言うように今はここから離れたい。早く病院を出たい。この人の顔を見たくない。私を見られたくない。

幸樹さんは私の肩を支えるように抱いて、病室を出ようとする。


「お兄ちゃん、私も駐車場まで付いていく!」
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