ママの手料理
「え?大也さん!?」


航海の焦った声が近づくのが分かる。


「ど、どうしたんですか!?身体…これ痙攣ですか!?」


手も足も、自分の意思に反して細かく動き続けて止められない。


大丈夫、と言いたくて口を開いたら言葉の代わりに嘔吐した。


消化途中のバナナと血が床に飛び出たのを見て、うわ最悪、と思ったのは覚えている。



「…大丈夫だよ大也、今救急車呼んだからね!あともう少しだからね!」


1番動揺しているはずなのに1番冷静な湊の声も、


「…ぇ、大也?どうしたのどうしたのちょっと待って誰か状況説明して!何が起こってるの!?ねえ!」


横で大声で喚く、壱から人格交代した仁の声も。


(全部、聞こえてる…)


朦朧とする意識の中、皆の声は確実に耳に届いた。



(俺、死ぬのかな…?普通に、無理なんだけど…)


ぼやけていく視界と反響しているような皆の声で、段々何かを考えるのも辛くなってくる。


意識、という名の糸が切れかかるその瞬間。


「…大也、お前は大丈夫だ。安心しろ」


既に感覚を失ったはずの左手に、俺よりも大きくて固く、誰よりも強い手の温もりを感じた。


そして、家族としても人としても世界で1番大好きで尊敬する琥珀の声が、はっきりと聞こえたのだ。


(こは、く……)


そうだ、彼が言うなら大丈夫に決まっている。



彼の一言ですっかり安心した俺は、そのままゆっくりと目を閉じた。
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