魔法の使い方
 やっと先日の事件の後処理から解放されたヴィオルドとドルークもミーナの見送りに来てくれていたようで、テーブルについてコーヒーを啜っていた。

「ミーナさん、お元気で! 先輩をギャフンと言わせに、絶対帰ってきてくださいね!」
「もちろんよ!」

 いい笑顔で親指を立て合うミーナとドルークをよそに、気だるげに突っ立っているヴィオルド。艶やかな焦茶の髪は窓から射し込む日光に照らされ、伏せられた赤褐色の目は吸い込まれるほどに美しい。

 ふと目が合うミーナとヴィオルド。直後、彼はニヤリと笑っていつも通りの憎まれ口を叩いた。

「常識のあるレディならそんなことないと思うが、土産を忘れるなよ?」
「あーハイハイ」

 不毛なやり取りで出発を送らせたくないミーナは適当に受け流す。しかしそこで思い出したように口を開いた。

「あ、そういえば。あの時、なんで伯爵邸にすぐ来たの? 私がいるってわかってたみたいだったよね?」
「あーあれか。ま、アンタが帰ってきたら教えてやるよ」
「何よもったいぶっちゃって。まあいいや。日のある内に進めるとこまで行きたいから、そろそろ行くね」

 ミーナは帽子を被り、店のドアを開ける。吊り下げられたベルが出発のファンファーレを奏でるように鳴った。全員が店の外まで出て彼女を見送る。

「行ってきます!」
「「いってらっしゃい!」」

 彼等は出かける時の挨拶を交わした。帰ってくる前提だからこその言葉である。

 ドアが音を立てて閉まり、彼女の姿はどんどん小さくなっていった。







 一人で歩きながら、ミーナはある小説の一節を呟く。

 結局、自分が抱えていた劣等感は自分で複雑にしていたのだ。複雑に考えれば考えるほどドツボに(はま)っていく。周りとの壁を作り始めたもの自分だ。

「生きるのが窮屈なとき、それは自ら糸を複雑に絡めている」
< 52 / 53 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop