この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 ローデリヒは思わず苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたくなった。
 何がきっかけで思い出すかなんて分からない。トリガーが分からない以上、アリサが記憶を思い出したいと思うまで、過去に関係する人々とは距離を置かせたかった。

 明らかに以前に比べて明るくなった妻に、自分がやっている事が本当に正しいのか分からなくなった。

 今でも時々フラッシュバックするみたいだが、彼女に心の傷を負わせた一件から、社交界に出回り始めた評判を貶める噂、水面下でルーカスとの婚約破棄。

 そして、彼女がまだ歳若いのに修道院に行くという情報を手に入れて、ローデリヒは動いた。

 元婚約者である公爵令嬢が修道院に行こうとしているのに、ルーカスは何もしなかった。その後、まるであらかじめ決まっていたかのようにティーナとの婚約発表。

 自国で散々な目にあっても、他国ならばあまり影響はないだろうと思って求婚した。これからの長い人生を諦めて欲しくなかった。

 いや、〝諦めさせたくなかった〟、ローデリヒの自己満足だ。


「すまないが、アリサは今体調を崩している。今回は申し訳ないが控えてもらいたい」


 嘘は言っていない。そして、体調が悪いのに無理を通そうとはしないだろう。
 案の定、残念そうにしていたが、ティーナはそれであっさりと引き下がった。
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