この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 緊張している。

 でも、ただの緊張だけではない気がした。

 胸がざわついた。今すぐここから背を向けて逃げ出したい衝動に駆られる。足が重い。まるで鉛になってしまったかのように。息が苦しい。今までどうやって空気を吸っていたか思い出せない。足の先から、手の先から、身体の芯まで冷気が襲ってくる。

 目に見えているのはただの扉だ。

 それでもその向こうにある全てが、私を飲み込んでしまいそうだった。


「……アリサ?」


 訝しげなローデリヒさんの声に引き戻される。私は慌てて笑みを浮かべた。


「少し緊張してるだけです」


 嘘は言っていない。それでも緊張とは別の、焦燥感にも似た気持ちを抱えながら、私は背筋を伸ばした。

 ここで引き下がれない。


「……そうか。そろそろ時間だ。結界を外すぞ?」

「はい」
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