この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 徐々に近付いてくる地面から、無意識に腹部を庇うように手を回す。

 どこか既視感を感じた。前にもあったような気がした。雨が降っていた日じゃない。
 もっともっと私自身が待ち望んでいた日。
 気がはやっていたのだ。あの時は。
 そして屋敷の階段の下から、驚いたように海色の瞳を見開いた〝彼〟の姿が頭をよぎる。


「ぶっ?!」


 なにか思い出せそうだった時、思いっきり顔面から床にダイブした。絶対擦りむいたと鼻をおさえながら顔を上げると、淡い水色のドレスが視界を過ぎる。


「奥方様から離れてもらおうか」


 どこから取り出したのかは分からない。けれど、あまり長くない剣を黒装束の男達に突きつけながら、私を相手から隠すようにヴァーレリーちゃんが堂々と立っている。


「いやあ、奥方様。見事な蹴りでしたよ。あんなに上手く回し蹴りで急所に当てるなんて、どこで訓練したんですか?」

「ま、回し蹴り?」


 ごめんちょっと何言ってるのか分からない。

 軽い調子で話しかけてきた赤髪の男は、私を挟むようにしてヴァーレリーちゃんの反対側にいた。私の身長よりも低いくらいの槍を持っている。穂先は黒装束達に向けられていた。
< 209 / 654 >

この作品をシェア

pagetop