この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 上がった息が苦しかった。
 額にも頬にも、雨か汗か分からない雫が伝って落ちる。みんな泥だらけ。
 私も完全にもう追ってこないと思って深々と息を吐く。自分の姿を見下ろすと、侍女と大差ない程に汚れていた。

 ドレスはずぶ濡れ。裾の方のレースは泥が沢山跳ねている。何度も踏んだからか、破れている箇所もあった。ドレスはもうダメかもしれないと少し残念な気持ちになる。

 立ち止まって一息つくと、足が鈍い痛みを訴えている。そこまで高くないけれど、ヒールの靴を履いていた。
 何度も転んでいたせいか、足を痛めてしまったのだろう。少しドレスを持ち上げて、足を見る。
 擦りむけて血が滲んでいたり、赤く腫れている箇所があった。

 侍女の中に治癒魔法を使える人はいない。でも、護衛騎士の中に使える人はいたはずなので、ドレスから手を離して大人しく待つことにする。

 目先の脅威が過ぎ去ったお陰で、その場の空気は緩んでいた。侍女達も怖かったのだろう。安堵の笑みを浮かべている人すらいた。
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