この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 足元がぬかるみに囚われて、バランスを崩す。
 慌てて手を近くの木の幹について、転ぶのを回避した。息が熱い。喉が焼け付くようだった。

 けれど、男の人の手がすっぽりと私の手を覆い隠す。すぐ傍から知らない人の息遣いが聞こえたと思った瞬間、地面に転ばされていた。

 見上げると全く知らない男。浮浪者のような格好をしているが、妙に清潔感のある男だった。
 その姿を見た途端、私は自分の終わりを悟った。

 名前を穢されてしまう前に急いで死ななければ。

 死ななければいけない。はやく。

 手遅れにならないうちに。

 急いで死ななければ。

 どんな方法を使っても。

 剣は近くにない。毒もない。
 男は私の顔を見て、ニヤリと達成感のある笑みを浮かべた。
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