この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 だから私の周りは未だに薔薇の香水の香りがふわふわと漂っていて、――平常時であれば好きな匂いなのだけれど、匂い悪阻になっている私にとっては非常にしんどい。
 とても吐き気を誘う匂いでしかない。距離を置きたい。

 また胃液がせりあがってきて、私は口元をおさえた。

 もう一度粗相をするわけにはいかない。


「あーたま!」


 アーベルに呼ばれて視線だけそちらの方に向く。私の方に来たいのだろうアーベルは、ローデリヒ様の腕の中でジタバタともがいていた。


「あっ、ちょ、こら!アーベル!今は母様の方に行っちゃ駄目だ」


 加減なしに思いっきり暴れるアーベルに辟易しながら、しっかりと抱き直しているローデリヒ様を見て、取り敢えず一安心。
< 306 / 654 >

この作品をシェア

pagetop