この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 そのまま視線を床に向ける。ちょっと前かがみで胃の辺りを紛らわすようにさすった。もう他の所に気を向ける余裕なんて、なかった。

 ベリッとティーナと剥がされ、侍女が私の目の前に何やら高そうな陶器の壺を差し出してきた。いつか見た壺とはまた柄が違う。いや、これ使うの結構ハードルが高いんだって。


「え、ティーナ……力加減間違っちゃって、中身出たとか?」


 ルーカスはポカンとティーナと私を見比べて、明後日の方へと思考を巡らせる。何気に危ないことをサラッと言っているけど、馬鹿なんじゃないだろうか。

 私から離れたティーナは、随分と長い間固まっていたけれど、やがて状況が把握出来たのかぷるぷると震えだした。薄氷色の大きな瞳に涙の膜が張っている。


「キャアアアアアアアアアア」


 キーンと、辺りに甲高い声が響き渡った。
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