この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 だが、ローデリヒはその喧騒から離れた一角にいた。
 コツコツと自身の革靴が廊下に響く。靴音はもう一つ。乳兄弟のイーヴォも付き従ってきた。

 一国の王太子としては、無防備なまでに周囲に人がいなかった。

 それもそのはず、現在歩いている所は、現国王の後宮。基本的には男子禁制の女の花園――と聞こえはいいが、実際のところは国王の寵愛を競う戦場だった。

 ローデリヒも現国王の後宮には滅多に入らない。国王からは「別に入ってもいいよ」と昔から軽い許可を貰っているが、気軽に入ろうとは思わない。

 ローデリヒとほぼ年の変わらない女性が、父親の愛人として後宮にいるのを見るのは……複雑な気持ちなので、進んで来ようとも思えなかった。父親は嫌がる女性を無理矢理後宮に入れる程、趣味は悪くないのでその点については心配してはいないが。

 廊下の所々に香水の残り香を感じながら、それでも目的の場所まで父親の側室には会わなかった。その事に内心安心しつつ、後宮の一つの部屋の前で立ち止まる。

 他の側室達とは少し離れた場所にある部屋。
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