この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 まるで、後宮の煩わしさから離れるようにひっそりと増築されたその一室は、後宮から出たくても出られない現実を表しているようで、昔からローデリヒは嫌いだった。

 後宮の人間は、下賜されるまで出られない。
 部屋を移動しても、それは後宮の中でしか移動出来ない。

 籠の中の鳥は、飛び立とうとしても所詮籠の中しか移動出来ないのと同じように。

 乱れてもいないのに気持ち軽く息を整えて、扉を開く。

 若い女性の好みそうなインテリアで揃えられた室内は、もう十年以上同じ姿を保ったまま。置かれたテーブルもソファーにも、壁に掛けられた額縁に入った絵画ですら埃は被っていない。

 隣の部屋の寝室も同じだろう。まるでつい先程まで、誰かいたような部屋はやや不気味だ。

 窓際に近寄り、レースのカーテンをそっと退けると中庭の様子がよく見えた。

 金髪の太った中年男性が、麦わら帽子を被って花壇に水をやっている。一人でいることの無防備さにローデリヒは少し憤ったが、多分見えないところに護衛はいるのだろうと思い直した。
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