この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】



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 医務室に向かう途中で、ローデリヒとイーヴォは例の文官を送り届けた侍従と顔を合わせた。ある程度容態が落ち着いてきた、という報告をする為に一旦宮廷医に預けてきたらしい。

 それなりに長い付き合いのローデリヒとイーヴォの様子に、彼は何事か起きたのだろうと察したらしい。慌てて二人を宮廷医の元へと案内する。

 幸いにも、文官は逃げ出すことなく宮廷医の元に大人しく留まっていた。白いベットに上体だけ起こして、薬湯の入ったカップを握り締めている。

 神経質そうな見た目の中年の文官は、ローデリヒの姿を見るなりハッと怯えたように慌てて頭を下げた。事情の知らない老年の宮廷医は、「急にかかったストレスによるものでしょう」とのんびり説明する。それを聞いたローデリヒは、宮廷医に人払いするように命じて、(くだん)の文官と向き合った。


「決裁待ちの書類に釣書を紛れ込ませたな」

「は……、はい……」


 冷や汗をダラダラ流しながら、文官は素直に認める。随分と長い間王城に仕えてきた者だった。こんな事を起こすのは初めてだ、とローデリヒは思いつつ問い詰める。


「誰に頼まれた?」


 ド直球だな……といった視線をイーヴォは向けるが、ローデリヒに睨まれた文官にとっては、そんな事を気にする余裕なんてなかった。唇は真っ青になるくらい震えている。手に持ったカップの中身が、震えで零れそうだった。
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