この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 常備薬――胃腸薬はなくてはならないもの。
 ストレスが胃腸に直結するティベルデにとっては。


「…………………………いや、無理じゃない?子持ち既婚者を籠絡するって無理じゃない?怖い怖い怖い怖い」


 ぶつぶつと小声で呟きながら、休憩室の寝台の掛け布団を捲ってみるが、目当ての人はいない。水の流れる音がする洗面台をこっそりと覗いてみた。

 苦しいのか、眠っているのか。手足を投げ出したように壁にもたれて座り込んでいる。月光のような髪は先ほどまではセットされていたのに、ぐしゃぐしゃに乱れていた。俯いて前髪が垂れているせいで、表情までは見えない。


「……で、殿下、殿下……」


 呼びかけてみるがピクリともしない。ローデリヒの荒い呼吸音と、蛇口から流れ出る水音がその場に響く。

 ゲルストナーには、ローデリヒは性欲が強いだろうし、媚薬を飲ませたので、手荒な真似はされるだろうが我慢しなさいと言われている。
 だが、呼びかけても何も起こらない。

 これはおかしい。

 計画ではローデリヒに襲われているところを、ローデリヒの腹心の部下であるイーヴォではなく、エーレンフリートの息のかかった近衛騎士に発見させるつもりだったのに。
 完全予定が狂っている。

 とりあえず寝台に放り込んだら何か変わるかもしれないと思い、ティベルデはローデリヒの腕を自らの肩に回した。


「……お、重っ……」
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