この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 一応成人男性、それも軍を率いて遠征に行くような鍛え上げた男だ。後宮でも、後宮に入る前でも貴族の令嬢らしく肉体労働なんてした事がないティベルデにローデリヒを担ぐのは不可能に近かった。
 半ば引き摺るようにして洗面所から離れる。


「……っ、はぁ、はぁ……」


 ズルズルと自国の王太子を引き摺っているが、これは不敬に当たるとかそういった事はティベルデの頭の中にはなかった。ハイデマリーとゲルストナー、エーレンフリートの三人の企みにたまたまティベルデが利用されただけの事。

 実家のことだってある。三人の事が怖くて実行する他なかった。

 時間をかけて寝台にローデリヒの上体と足を乗せ、ジュストコールとシャツのボタンを全開にした所で、ティベルデの腕は限界を迎えた。全裸にするのは無理だ。時間もない。

 ティベルデは荒々しく自身のドレスを脱ぎ、寝台に潜り込んだ。これで既成事実に見えるはずだ。

 ……王太子がピクリともしない事を除けば。


「……本当に、媚薬なの?」


 媚薬ではなく、本当は毒薬だったらどうしよう。
 現時点でローデリヒが次の国王だが、ゲルストナーやエーレンフリートだって王位継承権を持つ人間だ。ハイデマリーだって、現国王の側室。別の側室腹のローデリヒに良い感情を抱いていないだろうという事は想像出来る。

 ――もしかして、殺人事件の片棒を担がされたのでは?

 ティベルデがとんでもない結論に飛躍した瞬間、扉が開いてあらかじめ示し合わせていた近衛騎士が入り込んできた。救世主が来た、とティベルデは半泣きになりながら叫んだ。


「殿下が目を覚まさないんです……!!」
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