この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 ハイデマリーの隣に立ったのは父親だった。ローデリヒと同色の瞳が眩しそうに目を細める。
 周囲はずっと国王の事を気遣っていた。最愛の人を亡くしたはずのに、一粒の涙も零さない国王の事を。


「なあ、ハイデマリー」

「どうなさったの?」

「べティーナが死んでから、ずっと考えている。……いや、べティーナが妊娠していた時からずっと考えていた。
 ――本当は、もっと他の道があったのではないのか、と」


 重苦しい程の沈黙がその場を支配した。ローデリヒも部外者ではない。己の母の話に、思わず息を詰めて聞き入る。


「だが、……後悔だけは、してはいけないのだろうな。ジギスムントが言っていた。全ては、大人になったべティーナの選択だと。私の子供を産んだのも、私の子供を育てたのも、全てべティーナが選択したことだと」

「……ええ、そうですわね。本当に、どうしようもない事でしたもの。国王と平民の壁を目の前で見せられたようなものでしたわ。
 魔力が足りずに人体を構成する事が出来ない事が、あんなにも悲惨だなんて」


 ローデリヒはすぐにハイデマリーが言っていることの意味が分かった。べティーナが己の事を人の形をしていなかった、今こうして元気なのは奇跡だと。

 でも、それは――母親の妄言ではなかったのか?

 無意識に生唾を飲んでいた。父親は言っていた。昔も今も、ローデリヒは健康だったと。
 でも、ハイデマリーはまるで人の形をしていなかった話が過去に起きた事であるかのように話す。父親もそれを否定すること無く、黙っている。
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