この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 木々のさざめきも、人の気配も、動物の声も、ローデリヒの耳から全て消えた。蘇るは、己の母親の言葉。


 ――『薔薇の蕾を見ながら考えていたのよ。男の子が産まれたら、名前はアロイスにしようって』
 ――『お庭の薔薇がそろそろ咲く頃ねえ……。アロイスが産まれたのもこんな時期だったのよ』
 ――『貴方は産まれた時、人の形をしていなかったんだもの……!無理をしてはいけないわ……!』
 ――『だから、アロイス。貴方が今こうしているのは奇跡なのよ』


 あれは、本当の事だった?
 べティーナはどこかおかしかった。でも、それは一つだけ。一つだけ、おかしかったのならば全て辻褄が合ってしまう。

 ローデリヒ(・・・・・)アロイス(・・・・)は別人だったということならば、
 ローデリヒとアロイスをべティーナが混同しているのならば、
 べティーナはローデリヒを見ていなかったのだとしたら、
 アロイス(・・・・)は金属のトレイに乗せられた血塗れのまま。

 人の形をせずに産まれて、今は健康だなんていう事実がなかったということだ。

 回復魔法だって、死んだ人間を生き返らせる事は出来ない。どんなに小さい子供であっても知っている。
 不思議だったのだ。人の形をしていない胎児をどうやって健康にするというのか。人の形をしていないのに、回復魔法を使えるのだろうか。

 奇跡なんか起こっていなかった(・・・・・・・・・・・・・・)のならば、不自然な点の説明がついてしまう。
< 530 / 654 >

この作品をシェア

pagetop