この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
ローデリヒ様が呟くと、左眼の前にレンズのようなものが三つ連なって現れる。ゆっくりと回転しているように見える。
私にとっては馬車の壁をローデリヒ様が見ているだけなんだけど……、きっとローデリヒ様には遥か遠くの向こうが見えるのだろう。
傍から見たらシュールな光景ではあるんだけど。
一点を見つめながら、ローデリヒ様は更に眉間の皺を深くした。私はアーベルをそっと抱き抱える。
アーベルも微妙な表情になっていた。ローデリヒ様は口を閉ざしたまま。ジッと外の様子を伺っている。
だからこそ、何かあったのだろう、と私はなんとなく察した。
一分にも満たない間だったのか、数分だったのかは分からない。
けれども、馬車の中は異様な静けさに包まれていた。
周囲にいるはずの騎士達の喧騒も気配もしないまま。
私は無言で、アーベルを抱き締めるだけ。
その空気を破るかのように、ノック音が響いた。
「……ヴァーレリーか。どうした?」
「報告します。先頭がどうやら道を間違えたみたいです」
「先頭がか?」
「はい。交差路の看板に悪戯されていたようです」
その言葉が聞こえた時、ローデリヒ様はどう受け止めていいのか分からないような、途方に暮れたような顔をした。
すぐにそんな表情は消した。見間違いだったんじゃないかってくらい。けれど、握った拳が力を入れすぎて白くなっていた。まるで悔しそうに。
「そうか。進路修正しろ。私もすぐ外に出る」
「はっ」