この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】

家族旅行みたいな?(他)

 ローデリヒ様の問いに、アーベルは答えなかった。
 まあそりゃそうだよね……。幼児だし。


「とーたま!」


 代わりに両手を伸ばして抱っこをせがんでいた。ローデリヒ様もアーベルを抱き上げて、膝へと乗っける。
 ギュッと父親のシャツを掴んだアーベルは、木にしがみつくコアラみたいな格好になっていた。
 ローデリヒ様は片手でアーベルを支え、片手を私の方へと伸ばしてくる。


「キツいか?」


 指の背が額にピタリとくっ付いた。私の額よりほんの少しだけ冷たい。そのまま顔に掛かる前髪を避けるようにして手が動いた。私の表情を覗き込むようにして、見下ろしてくるローデリヒ様の瞳には心配そうな色が浮かんでいる。


「いや……、ちょっと疲れたなあって……」


 私は指先から伝わってくるひんやりとした感覚が気持ち良くて、目を閉じた。
 あー、なんか寝ちゃいそう……。


「少し寝ていた方がいいだろう。……無理をさせたからな」


 薄らと開けた視界のローデリヒ様は眉間に皺を寄せる。


「……大丈夫ですよ。慎重にならなきゃいけない問題だっていう事は分かっています。……きっとこれは」


 私が足でまといなだけ、という言葉は続かなかった。
 ローデリヒ様が更に険しい顔になっていた。
< 579 / 654 >

この作品をシェア

pagetop