この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 エーレンフリートですら、目で捉えられなかった。
 自分が空中に飛ばされてから、腹を殴られたと気付いたのだった。

 受け身をとる余裕すらない。
 派手な音を立てて、背中から後宮の壁に突っ込む。

「――っ、かは、っ」

 すぐに立ち上がる力は入らなかった。ズルズルと床に座り込む。
 腹部と背中が熱を持つ。血液が沸騰しているかのように。
 心臓がドクドクと耳元で聞こえるくらい、大きな音をたてている。エーレンフリートは飛びそうになる意識の中、自嘲気味に唇をつり上げる。

「……はっ」

 酷く久しぶりに、痛いと感じた。
 初めから、最初の一合から、気付いていたのだ。
 勝てないと。

 それは、エーレンフリート自身を蝕む病気と同じで。

 ――やっぱり、無理だったか。

 なんて、無理矢理保っていた意識を、飛ばした。
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