この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 殴った瞬間、炎の魔石から火が吹き出る。やっぱりクズ石と呼ばれるだけあって、小規模。それでも髪に燃え移って、腐ったような酷い悪臭が広がる。

 2人目も同じ調子で上手くはいかなかった。一瞬の隙は見せたものの、立て直すのが早くて私を無効化する為に拳を振りかぶる。

 けれど、その拳は私には届かなかった。
 侵入者の拳が、腕が、ありえない方向に捻れる。普通の骨折のような捻れ方ではない。湾曲している。

「貴方達の相手はわたくしよ?勝手にどこかに行ってもらっては困るわ」

 こちらへ真っ直ぐと腕を伸ばし、手のひらを侵入者へと向けるハイデマリー様が、非常に悪い笑みを浮かべていた。だが、いつものような気位高い雰囲気ではない。顔色は青を通して土気色になっている。大粒の汗が彼女の額に滲んでいて、はっきりとした顎のラインを伝って滴り落ちていた。

 部屋の中は酷い惨状だった。
 あちらこちらに血飛沫のようなものが散っている。先程まで座っていた椅子は、木が折れずに侵入者の腕のように捻れていた。床に伏している侵入者達も、ありえない方向に四肢が向いている者もいる。

 これが、転移魔法。
 空間を無理矢理捻じ曲げたような、有様だった。
 化粧をしていても、土気色が分かるくらいだ。きっと相当無理をしているのだろう。気力だけで立っているのではないだろうか。
 大きい力には、相応の代償が必要。ハイデマリー様の力もおそらく魔力を沢山使うのだろう。
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