この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
「……置いて行けませんよ」

 ハイデマリー様はおそらくもう限界だ。次に襲われた時に対処は出来ないだろう。
 私とアーベルが主に狙われていたとしても、国王様に一番近い側室も敵が易々と見逃す訳がない。離れようが、一緒にいようが、私達は危険なのである。

 そして、何よりハイデマリー様自身がこれからどうしよう、という不安と恐怖を抱えていたから。
 どうしても、置いて行けなかった。

 石畳を踏む足に感覚はない。足が恐怖で冷えきってしまっている。ここから警備隊までどれくらいの距離があるのだろう。

 街中でも私達の存在は異質なのか、向かう先の人混みが私達を避けるように綺麗に2つに分かれていく。
 ――凄く凄く目立つわけで。

「いたぞ!!」

 逃がすな、殺せ、出来るなら捕らえろ、と沢山の声が襲いかかってくる。
 前からローブを纏った人達がこちらへと駆けてくる。手に鋭利な刃物を持ったまま。事態を察した街の誰かが、つんざくような悲鳴をあげた。

 徐々に混乱が伝播していく。
 どうして、怖い、置いて行かないで、痛い、死にたくない、襲われる、怖い、何が起こって、動けない、痛い、なんで。
 一気に流れ込んでくる。先程の比じゃない。どれが気持ちで、どれが口に出した叫びかも分からない。車酔いにも似た吐き気と共に、その場に蹲った。

 こんなところで、止まっている訳にはいかないのに。

 死神がこちらににじり寄ってくるかのようだった。
 足に力が入らないまま、後ろへとズリズリさがる。そんなの微々たるもの。相手との距離はどんどん縮まる。
 私達に近づいてくる襲撃者は、短剣を振りかぶった。
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