この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
「こうやって連れ去ったのは、王城から出たからですか?」
「そうだ。王城でも手が出せない深部に居たからな」

 離れはルーカスとティーナが破壊したからね……。あの結界は、意外と私の能力だけじゃなくて、襲撃者からも守ってくれてたわけだ。思い返してみると夜会に出た時も襲撃されてたし。

「ずっと、ずっと、会いたかった。父親が死んでから、ずっと。1日たりともお前の事を考えなかった日はなかった」

 地を這うような声音だった。彼の輪郭がボタリ、ボタリと黒い雫になって床に落ちる。ドロドロと粘度の高い液体のように。
 溶けていた。体が闇に。

「国家反逆罪に問われた一族がまともな職に就けるか?まともに学校に通えるか?まともな物を売ってもらえるか?――まともに生活出来ると思うか?」

 私の目の前の影が、人型に変わる。その人型は、徐々に闇のような黒から人の色に変わった。
 影から影へと移動したようだった。

「貴族の通う学校は退学させられ、住むところは追われ、お金や貴重品すら持ち出せなかった。取引先だった人間達はみんな俺達へ背を向けた。だから、生きるためなら何でもした。そうしないと、家族も死んでしまうからな」

 牢屋の中に入ってきたカレルヴォから、逃げるように後退りする。

「お前が居なければ、家族が殺される事はなかった。家族が路頭に迷う事もなかった」

 壁が背中に当たる。彼からアーベルを隠すように抱き締める。
 わざわざ彼の口から言葉を聞かなくても、彼が次に行う行動は分かっていた。ずっと伝わってきていたから。
 私に向けられているのは、混じり気のない純粋な殺意。
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