この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】

未練は沢山あるでしょう?

 ローデリヒ様と同じ、月の光を集めたような色の髪。
 背中しか見えないけれど、その容姿はローデリヒ様に非常に良く似た、でも少しだけ幼いのを私は知っている。

「アー、ベル……?」

 私を庇うように男との間に入って、男の動きを止めていた。カレルヴォの表情が忌々しげに歪められる。それでも、2人に動きはない。一触即発の空気が漂っていた。

 ポタ、と地面に雫が落ちる音がやけに大きく響く。
 つられて下を向くと――、
 鮮やかな赤色がポタポタと石の床に弾けて広がりかけていた。

「アーベルッ?!」

 血相を変えて叫んだ私をきっかけに、カレルヴォが離れる形で2人は距離をとる。

「ッ」

 小さく呻き声を上げたのは、アーベルではなかった。よくよく見ると、カレルヴォの手から銀の刃が生えている。

 いや、生えているように見えるけど、手のひらを貫通しているのだ。黒い手袋をしているから怪我の状態が分からないけれど、指先から少なくない量の血が流れている。
< 629 / 654 >

この作品をシェア

pagetop