この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 狭い牢屋の床から人の頭が現れる。水から浮かび上がってくるように出現していく人達に、流石のアーベルも若干引いた表情になった。

 そうだった。カレルヴォは影から影へ移動出来るんだった。たぶん私達も同じように移動してきたのだろう。
 ……いや、待って。

「人沢山こっちに運んでこれるって事?!」

 それって、アーベルが不利になってしまわない?!

「……消耗戦、ですか」

 引き攣った表情で、私を庇うようにアーベルは短剣を構える。全身が出てくるまで少しだけ時間を必要としているようで、その隙にアーベルがその人達の意識を刈り取っていく。でも、影があちらこちらにあるものだから、アーベルの庇いきれない方向からも人が生えてくる。

「《魔光球(ライトボール)》!」

 牢屋内が強い光で照らされる。それでも、駄目だった。

「アーベルっ!私達の影から……っ!」

 光に照らされた私達の影から更に人間が出てくる。完全にいたちごっこだった。

 ――光がある所には、必ず影が出来る。

 カレルヴォの思考は伝わってきている。この場には絶対にいるみたい。

「キリがない!」

 苛立たしげなアーベルが、現れた人間ごと檻を魔法で吹き飛ばした。牢屋内に派手な音が響き渡る。倒れた人間の影から、また新しい人間が現れて。

 アーベルの言う通り、消耗戦だった。
 術者をどうにか出来ないか、とアーベルが考えているのが伝わってくる。私を走らせるという思考は無いようだった。私があまり激しく動けないから。
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