この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 だから、無限に近いくらいに現れる敵の中で、私は集中するように瞳を閉じた。沢山の敵の中で、敵の目の前で、危険が迫っているのに目を閉じるのは怖い。

 怖いけれど、きっと私にしか出来ない。
 それにアーベルの足でまといにはなりたくなかったから。

 ――このガキ、普通に強いぞ?!
 ――新調した剣の切れ味が楽しみだ。
 ――うわあ、カビ臭……。
 ――影魔法って派手じゃねぇけど、使い勝手良さそう。
 ――相手は女とガキなのに何モタモタしてんだ?

 沢山の思考がノイズのように入り乱れる中、私は慎重にその人の声を手探りで探していく。

 ――なんだここ?廃墟かよ?

 違う。

 ――女と赤ん坊って聞いてたが、男もいるのか。

 これも違う。

 ――うわあ…、めっちゃやられてね?

 これも、違う。

 一つ一つの声を聞き分けていく。額に脂汗が浮かぶ。頭がパンクしそうだった。
 そもそもカレルヴォが何も思っていないと、私に伝わっては来ない。
 だから、なにも考えていないんじゃない?という考えに辿り着きそうになった時、聞こえてきた。

 ――結構、粘るなあのガキ。

 僅かに苛立ちを含んだカレルヴォの声。ほぼ反射的に私は声を上げた。

「アーベル!!あそこ!!」
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