この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 海色の瞳がアーベルを真っ直ぐに見据える。いつもと変わらないローデリヒ様の無表情。眉間に皺を寄せているのもいつも通り。

 でも、ほんの少しだけ、纏う雰囲気が苛立っているように見えた。

「アーベルとアリサだけじゃない。お腹の子に、」

 そして小さく、ハイデマリー殿だって、とローデリヒ様は続ける。アーベルから視線を逸らした彼は、僅かに目を伏せた。

 怒っているのか、とも思ったけど違ったみたいだ。たぶん、彼のは自責に近い感情なのだろう。
 目の前で私とアーベルが攫われたのだ。私がローデリヒ様の立場だったら生きた心地がしない。無意識に私は傍に立っていたままのローデリヒ様に手を伸ばして、服の袖を小さく握った。

「……はい」

 アーベルは顔を歪めて俯く。
 そうか、とローデリヒ様は一拍置いて頷いた。服の袖を握っていた私の手に、自身のを重ねる。大丈夫、と言うように手の甲を撫でられた。

「随分と危ない事をしたから、これはお説教が必要かと思ったが――」

 ローデリヒ様は手を伸ばして、アーベルの頭に置いた。無造作にくしゃりと掻き回す。口元に緩やかな笑みを浮かべた。

「よく、頑張ったな。……ありがとう」

 優しい声でローデリヒ様が告げた言葉に、アーベルは堪えきれなくなったように目に涙をいっぱい溜める。
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