この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】

道標

「ロ、ローデリヒ様……?」

 ローデリヒ様の膝の上に乗る形で、抱き締められる。いつもより強い力。私は困惑した声を上げたけれど、無言のまま。返事をするように、力を込めただけだった。肩口に埋められた表情は見えない。

 離す気はないな、と私も背中に手を回して、肩の力を抜いた。ローデリヒ様にもたれかかる。そこでようやく、ローデリヒ様は細く長い息を吐く。抱き締められていた腕が少し緩む。

「……生きた心地がしなかった」
「ローデリヒ様?」
「情けなかった。貴女とアーベルが影に呑み込まれていくのを見た時、何も出来なかった自分がいた」

 思わず慰めるように、ローデリヒ様の髪の毛に指を通した。私達が引きずり込まれたあの時、ローデリヒ様は泣きそうになっていたのを思い出す。私ももうダメかとちょっと思ってしまった。

 15年後のアーベルがいなければ、きっと今頃手遅れだった。
 それを一番痛感しているのはローデリヒ様、なんだろうな。

 サラサラの金色の髪をゆっくりと梳く。指通りの良い髪を黙って撫でていると、ふっと彼が小さく笑った。

「助けられたな。小さいと思っていた息子に」
「いや、アーベルはまだ小さいですけど」
「……それもそうだったな」

 16歳のアーベルに助けられたものの、現在のアーベルはまだ1歳半で……、時空を行き来してるからややこしくはなっているけれど。
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