この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 ハッと我に返る。目の前には必死の形相のローデリヒさん。私の肩を掴んで軽く揺さぶっていた。

 廊下に出たはずなのに、いつの間にか私は部屋のバルコニーに出ている。何故か分からないけれど、手足がガタガタ震えていた。


「あ、……あれ?私一体何を……?」


 私の間抜けな声に、ローデリヒさんは安心したように深々と息を吐いた。私の肩からパッと手を離す。


「よかった……」

「え、ちょ、なんだったんだろ、あれ?何が起こったの?えっ、自分が怖いんですけど」

「忘れておけ。怖ければ全部忘れてしまえばいい」


 頭を抱えた私だったけど、ローデリヒさんは室内から上着を持ってきて掛けてくれた。


「ローデリヒさんは何か知っているんですか?」

「……知らない、と言えば嘘になる。関係者の一人だったからな」


 流石に『暗い所が怖い』の意味が単なるホラーが苦手とか、そういったようなものじゃないのを理解した。

 ローデリヒさんの手を振り払ったのもそうだ。
 やけに生々しくて、まるで本当に過去にあったかのような。


「貴女は多くの事を忘れている。だが、それで良かったのかもしれない。前までの貴女は時々アーベルを見て口元を緩めるだけで、日々を空虚に過ごしている雰囲気さえあった」
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