毒壺女子と清澄男子
「お姉ちゃんが今度の担当さんかい、またキレーな子が来たって言うから銀座のツケを取りに来たかと思ってた」
「いえいえいえいえ、うちの神田が関西支社に行ったので担当が変わったご挨拶に、と」
「カンちゃんねー、残念だよー。おいらの草野球チームの助っ人で左腕投手で大活躍してくれてたのによぉ、ほんで早速で悪いんだけども、すぐに作業場に来てよ」
「は、はぁ」

資産家とは思えない見た目と言動にビビらされながらもとりあえず作業場という所に行く事にした、が、家が広すぎてどの廊下をどう曲がったかわからないうちにたどり着いたそこは、外観から大きくかけ離れた部屋だった

障子を開けた瞬間、目に飛び込んで来たのは八人程度の若い男女が一心不乱に作業机のパソコンを前にタブで何かを描いている

作業机の奥にはこのオッサンの席と思しき一際大きな机があり、その背後の壁には私でも知っているレベルの人気漫画の巨大イラストボードが飾られていた

「あの、もしかして雑司ヶ谷 充先生、ですか? 」
「あーそー、知ってる? 」
「も、勿論ですっ! 先生の作品『少年探偵アケチの記憶』は漫画もアニメもドラマも私も兄もファンで」

神田さん…こういう得意先なら早く言って欲しい、人気の少年誌で20年にわたり連載を続けている上に各メディアでの展開、企業コラボも多い漫画家なんてもはや掘れば掘っただけお金が出てくる『油田』レベルの取引先なのだから

しかし当の本人、雑司ヶ谷大先生はあたしの盛大な賛辞などどうでも良かったらしくうちの業務用プリンターを前にこう言い放った

「これさぁ、新しいヤツと取っ替えて」
「こ、交換ですか? 」
「なんかキヨちゃんが言うには、うちが使ってるえーと、なんだっけか? ちょ、キヨちゃーん」

見渡す限り今の時代、最高ランクのパソコンや周辺機器に囲まれているというのに、しかもプリンターだってあたしはこれまで一度も納入した実績のない2年前にリリースしたばかりの業務用最上位機種

まだまだ使おうと思えばメンテナンスしながら後4年は行ける、それなのに何で? 不具合でもありましたか? 

と聞く前に大先生と入れ替わりで作業場の脇にある忍者屋敷のような回転扉から現れたのは、あのボーダー君だった
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