芦名くんの隠しごと
何も聞こえなかったフリをしておけばよかったのに、うっかり気になってしまった私は、そろりそろりと声が聞こえた方へ向かう。
…たぶん、ベランダの方。
普段、学校のベランダは立ち入り禁止なのに、なぜかドアは鍵が開いていて。
そこでちゃんと「危ない」ってわかっていたのに、好奇心には勝てなくて。
何年か前まで護身術を習ってたし、大丈夫……と、少し甘く見ていたんだ。
ベランダのドアまでおよそ1.5メートル。
不意に物音がした。靴が擦れるような音。
それだけでなぜか怖くなってしまって、足が動かない。
「──誰だ」
低くて落ち着いた声。
決して怒っているような声色じゃないのに、その声は私の恐怖心を煽って。
「あ……」
忘れ物を取りに来たこのクラスの生徒です、怪しい者ではありません……そう言いたいのに、声がうまく出てこなくて。
それがかえって、相手の警戒心を強めてしまったみたいで。