芦名くんの隠しごと



──“こっち”。


それがどんなところを指しているのか、まだよくわかっていないけど。


きっと、もう戻れない。戻れなくていい。戻らなくていい。


「……芦名くん」


“こっち”という言葉にキョリを感じてしまい、なぜか寂しさを感じてそんな呼び方に戻ってしまった。


「野乃?名前で呼んでって言ったのに」


うん。きっと彼は、本当はそんなこと気にしていない。


今だって、さっき言っていた“追手”を警戒しているのか、どこか上の空。


仕方ないって、わかってる。


わかってる、……けど。


「…でも、私と芦名くんは、話すの今日がはじめて」


そんな捻くれたことを言って後悔しても、もう「冗談だよ」なんて言えるような雰囲気ではない。……元々そんな機転きかないけど。


でも、彼なら「夏樹だってそうじゃん」なんて言い返してきてくれるかな、なんて、ほんの少し期待してしまう私がいる。


けれど、そんな淡い期待をカンタンに裏切って、彼はなんとも思ってないように「…そっか。たしかに」なんて言ってするから、なんでか泣きそうになってしまった。


……私ってかなり、自分勝手。


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