旦那を守るのも楽じゃありません
支え合う気持ち
「結婚して10年目で離縁して来た叔母がおりまして、その叔母がよく言っていた言葉なのですよ。恋に浮かれて見えなくなって良い所ばかりを見過ぎていると…結婚して一緒に生活を始めると…旦那の足が臭い。こちらの話は一々否定してくる。外食先のレストランの給仕にきつい物言いをしている…ほんの些細な事ですけれど、旦那の粗探しを毎日毎年積み重ねて行くようだった…と申しておりましたの」
成程…アザミの言葉はその酸いも甘いも噛分けた叔母様からの受け売りか…
「幸せ~とか愛が~とかそんなもの幻想ですわ」
アザミ姐さんバッサリ…今の言葉は実感が籠ってたよ?と、いう目でアザミを見ているとエメラルド色の綺麗な瞳に陰が見えた。
「ちょっと素敵だな…と思っていた方がおりましたの」
「うんうん、それで?」
「たまたま保管庫でその方と二人きりになりましたの…そうしたら向こうから近づいて来られて…」
「おおっそれで…?」
アザミの瞳の色が益々陰る。色っぽい…とか思ってしまう私がいる。
「自分の好きな女性があなたに好意があるらしい、俺は負けないからな…と言われましたの…」
私の隣で聞いていたクラナちゃんとパルン君が「そっちかぁ~!」と叫んでいる。
「それだけだったのならまだ良かったのですが…その彼にずっと地味に嫌がらせをされて…」
「ええ!?それは嫌だぁ…」
「百年の恋も冷めるな…」
いきなりカイトレンデス殿下が会話に乱入してきていた。
アザミはお茶を一口飲んで溜め息をついた。確かに色っぽいし艶っぽい。
「挙句にその女性に告白して振られたみたいで、当て擦りで怒鳴られましたの…それが2日前に起こりました…」
いやだ、つい最近じゃない…
「その私に怒鳴り散らしている彼の顔がね、魔物にでも取り憑かれているような、とても恐ろしい顔をされていて…ああ、恋とはこんなに人を醜悪にさせるのね…と幻滅しました」
アザミはティーカップをテーブルに置いて私を見た。
ピンと背筋が伸びて、出てる所は出ていて、性格も真っ直ぐで…アザミは女性が憧れるお姉様そのものなのだ。
「でも2日前は殿方に激しく幻滅しましたが、今日のジークレイ少佐は素敵でしたね。ミルフィーナの為なら侯爵家さえ捨てられる…!ああ、これこそ究極の愛ですね。素敵…私にもいつかあんな風に共に歩いてくれる方見つかるといいな…」
するとカイトレンデス殿下が
「見つかる、あなたにはすぐ見つかるよ」
とやけに前のめりで励まされた。アザミは若いメイド達を虜にするという噂の流し目付きの微笑を浮かべて
「ほほ、簡単におっしゃいますわね~」
と殿下に言った。殿下が耳を赤くしている。
今、和やかに談笑している私達はまだ貴賓室の隣の控えの間にいる。
ジャレンティア王女殿下が走って逃げた?ので、近衛とブーエン国の方々が迎えに行っているので、控えの間に待機中だ。
「しかしあの王女殿下も気合いが足りませんね。逃げた先は裏庭の温室の中なんて…芸の無い…」
ちょっと元気になってきたのか、アザミが復活してきて、ズババッとまた切りつけている。
そこへ扉がノックされて、王女殿下が戻られた…との事だった。
ところが戻って来た王女殿下は不貞腐れていて、私達と口も聞かず何と体調不良を訴えそのまま帰国してしまったのだった。
「去り際まで恥ずかしい方ね…」
アザミが帰って行くブーエン王国の馬車にそう言っていたのだが…その5日後、もっと赤っ恥を起こしに再度王女が我が国やってくるのを、この時はまだ知らなかったのだった。
その日の夕方…
一日、王女殿下に付き合っていて仕事が何も出来なかったので、書類整理だけでもしておこうと溜まった書類を仕分けしていると、ジークがカイト殿下と戻って来た。
「フィー…もう終わる?一緒に帰る?」
「あ、はい。大丈夫です」
そんな短いやり取りで執務室に入って行ったジークを見送った後、クラナちゃんがちょっと怖い顔をして私に耳打ちして来た。
「ミルフィー先輩」
「何かな?クラナちゃん」
「ミルフィー先輩がジークレイ様と結婚されたのは、王女殿下との結婚を阻止したいジークレイ様が、ミルフィー先輩を『王女の追撃をかわす盾』に使った!って皆さんがおっしゃってましたが…私はそうは思えないんですけど…」
そうね…私も最初はそう思ってたけど。
「ジークって可愛いのよ?」
私がそう言うとクラナちゃんは仰け反った。
「はぁぁ…?失礼しました…ミルフィー先輩ってそういえば可愛らしい小物とか好きでしたね…あんなゴツいうえにゴミを作り出している人が可愛いですか…はぁ…」
ゴミを作り出している人…当たっているような、微妙に違うよ、と嫁としてはジークレイを庇ってあげるべきか…悩んでいると
「終わったか〜?」
とゴミを作り出している人(旦那)が執務室から出てきた。
クラナちゃんが複雑な顔をしている。私は机の上を手早く片付けるとジークと一緒に事務所を出た。
「今日は大変でしたね」
ジークは私に苦笑いを見せながら、また首の後ろを触っている。
「何かまだ首の後ろがチリチリするんだよな…」
危険の予知…まだ油断は出来ないのかしら。
ジークと話しながら王宮の庭の遊歩道を抜けて、歩いていると門の所にミケランティス兄様とアザミが数人の兵士と共にいる。
何かあったのかしら?
「第二部隊だ…」
ジークは素早く歩くとミケ兄様に近づいて行った。
「ジーク…ミルフィ、今帰りか?」
「何かあったのか?」
アザミはジークの後ろにいる私と目が合うと艶やかに微笑んでくれた。
「いやいや大したことはないんだよ。ほらジークに熱烈な付け回しをしていた、ブーエン国の一派がまだ国境沿いを彷徨いている…と密偵から連絡を受けてな!」
それ大したことよ、ミケ兄様…ジークが魔力をギラギラさせた。
「何か、起こしそうなのか?」
「何か起こす前に抑えるさ…監視はつけている。」
ジークはミケ兄様に言われて魔力を少し落ち着かせた。アザミがそんなジークに微笑みかけた。
「心配しなくてもジークレイ様とミルフィの間に、誰も割り込めないですわよ」
ジークはアザミに言われて照れくさそうにしている。
ミケ兄様はジークと少し話をしてから、アザミと共に私達とは反対の方…国境の方へ向かって行った。
「心配ですね」
「ああ、でもさ…フィーがいれば大丈夫な気がするわ〜」
私は横に立つジークを見上げた。ジークは優しい目で私を見下ろしていた。
「王女に言った言葉…凄すぎて圧倒された。情けないけど、俺じゃ結婚に関してあんなに知識ないし…」
私はジークの腕を取った。
「ジークだって言ってくれましたよ?嫁はこの世に1人なんですって…」
ジークは顔を赤くして暫くモジモジした後に私の手に自分の手を重ねてきた。
「もしさ俺が庶民になったら…フィーは一緒にいてくれるか?」
可愛いわね…もう認めちゃいましょう。
ジークは可愛いわ。私はニッコリ微笑んだ。
「ええ勿論、ジークレイをしっかり守って差し上げますよ。」