旦那を守るのも楽じゃありません
赤っ恥
「ジークの…アレです」
「よせよっ…その言い方じゃ俺に来ているみたいじゃ…」
「どっちでも一緒だろ?押しかけて来ているには違いはない」
ミケランティス兄さまとジークの会話で私は気が付いた。こんな忙しい時に…
カイトレンデス殿下がドッと息を吐いた。
「ジャレンティア王女殿下か…なんでまた…それで門前でなんと仰っていらっしゃるのだ?」
「意味不明です」
「はぁ?」
ミケ兄さまは冷気系の魔力を放出して、皆の背筋をゾクッとさせてから再び口を開いた。
「王女はこう言っておられます、早く中へと案内しろ…カイトレンデス殿下がお待ちのはずだ」
「待ってない」
カイト殿下、早ッ!切り返し早っ!
「兎に角、門前で頑張っておられまして…宰相にご相談した所、面倒くさいから気の済むまで滞在してもらったら?とのことでした」
皆からげんなりした…どよ~んとした魔質が放たれる。
「フィー…こんな時に何なんだが、俺も守ってくれ」
おいっ…本当にこんな時に…ですよ?ジークはササッと部屋に入って来ると
「夜は怖いからフィーと一緒がいい!」
とか言い出した。ミケ兄さまとカイトレンデス殿下の生温かい視線を受けてしまう。
「私はアザミの護衛がありますので…」
「だったら一緒に護衛をする!」
「はぁ…」
ちらりとカイト殿下を見たら頷かれているので、うざい…もとい、煩い旦那様と一緒にアザミの護衛をすることになった。
さて、ミケ兄さまは門前で騒いでいる王女殿下を回収に向かった。
そしてジークと2人でアザミの後ろに控えていると王女殿下が到着されたようだ。因みにカイトレンデス殿下はもう軍の詰所に戻られている。
しかしいくら待てども王女殿下がお越しにならない。
「おかしいですわね?」
アザミが振り向いて私とジークを見た。私は探査魔法を使ってみた。
「居ます、城内に入城はされているようです。ですが…食堂の辺りにいます?どういうことでしょう」
「ま…まさか!?俺を探してるのか?」
「まあ、怖い…」
アザミが扇子で口元を隠しながら、狼狽えているジークを見て笑った。
「でも…冗談でもなくさっきから何かを探している感じはしますね…と言いますか誰かいい加減注意して頂かないと…」
と、私が言いかけた時に扉をノックする音が聞こえた。
「失礼致します。此方にジークレイ=ホイッスガンデ少佐はおられますでしょうか?」
あら?この声は
私が動くより早く、ジークが扉を開けた。
扉の向こうにはブーエン王国のフォミル様とマッカイリー閣下と、ふくよかなフォルムのご老人の3人が立っていた。
「久しぶり~!ようやくさ、引っ越しの準備が出来たんでお祖父様と公所に手続きに来たんだ」
お祖父様?ということは、丸っこいお体のご老人は先日フォミル様が仰っていた、ホーエント伯爵ということ?あれ?ホーエント…どこかで?
「初めまして、ホイッスガンデ様。私はいつもはリークワントに引っ込んでおりますが、孫がこちらの国に引っ越したいとのことで都会までついて来ましたが…おや?何でございましょう?」
思わずリークワントと聞いて前のめりになってしまった。リークワントで伯爵様とくれば…
「も、もしかして『クワンテ化粧品』の商会をお持ちで!?」
私がそう聞くと伯爵は笑顔になられた。
「おや?お嬢さんはウチの商会をご存じでしょうか?」
「私、クワンテ化粧品を長らく愛用していますの!あそこの果物化粧品シリーズは特に大好きで~」
と私が話し出すと、アザミも、まあ!と声を上げて私の側に来た。
「ちょっと待って下さいな?!もしかして、薬草美白シロビーノの化粧品も作っていらっしゃるのでは?」
「おお、そうでございますよ」
アザミも私も一斉に淑女の礼をして、丸っこいフォルムのホーエント伯爵に笑顔を向けた。
「いつもお化粧品でお世話になっております」
女子2人の声が重なった。伯爵はホッホッホッと笑いながら、彼も膝を突いて私達にご挨拶を下さった。
「こちらこそ、孫から話を聞いております。クワロッジ公爵…父君とは面識がありますがこんなお綺麗なお嬢様がいらっしゃるとは…ホホ、孫とも仲良くしてやって下さい」
なんと、私もアザミも愛用の有名化粧品の販売元リークワントのホーエント商会の方だとは。フォミル様にお祖父さまがこちらの伯爵と聞かされて、なんだかどこかで聞いたことのある名前だな?と思っていたけれどね。
「お、じゃあフォミルこっちに越してくるの?軍に入る?」
出た!脳筋のジークはフォミル様が腕の立つ術師だから軍に勧誘をするつもりだな?
「そのつもりで今日もお祖父様についてきてもらって、紹介してもらおうかな~と」
「じゃあ俺も推薦しておくよ、今から軍の詰所に行く?」
とかもう早くフォミル様を軍に入れてしまいたいジークは、ぐいぐいとフォミル様の腕を取って引っ張っている。
「そうしてもらえ。現役の少佐の推薦のほうが有効性がた…」
マッカイリー閣下がそう言いかけて、ハッとしたように廊下の奥を見た。私も気が付いたし勿論、アザミとジークも気が付いていた。
廊下の奥にジャレンティア王女殿下がいる。間違いなくこちらを見ている。
血の気が引いた。元祖好みの男(閣下)と、その好みの男に似ている男(ジーク)が両方いるこの状況。
「マズくない?」
フォミル様が小声でジークに聞いている。ジークは隣のマッカイリー閣下に囁いた。
「今すぐ転移魔法で逃げて下さい。こちらは大丈夫です」
「すまんな、後は頼んだ」
王女殿下はもう走り出して来ていた。
「マッカイリーィィ!私を捜して来てくれたのね?!嬉し…え…きゃっ!」
ひえええっ…と、身構えているうちに、マッカイリー閣下は瞬時に消えた。間一髪…
王女殿下は走り込んで来て恐らく、マッカイリー閣下に抱きつこうとしたのだろう…見事に滑り込んで派手に転んだ…
転んだ拍子に髪は乱れ、太ももは露わになり…先ほどから走り廻っていて汗をかいていたのだろう、マスカラとつけ睫毛が若干落ちていた。目の周りが真っ黒になっている。以外と目は細いのね。
誰かが王女をお助けしなければいけないのだろう…が、ジークは断固として動かないだろうし、同じような理由でフォミル様も動かない。
仕方ない…私が行くか。
私は座り込んで茫然としている王女殿下の傍に膝を突いた。
「殿下、お怪我は御座いませんか?」
私は王女殿下の捲れ上がったドレスを元に戻そうと手を伸ばしたが、すぐに手を引っ込めた。その引っ込めた手があった辺りに、ジャレンティア王女が扇子が打ち下ろしてきた。勿論、扇子は空を切った。
ジャレンティア王女殿下は私を睨みつけてきた。
今、扇子で手を叩こうとしましたね?あなた結構、根性悪いのね?
ジークとアザミから恐ろし気な魔圧が放たれている。アザミが魔圧を放ったままススッと王女殿下の前にやってきた。
「お待ちしておりましたわ、アザミ=シンクサーバと申します。あら、ごめんあそばせ。以前ご挨拶させて頂いておりましたわね?ところで、御一人で立てます?」
王女殿下はアザミも睨みながら見上げている。そしてそのまま床にうつ伏せになって、号泣しているフリ?を始めた。
「ちょっと、どなたかいらっしゃらないの?」
アザミはお付きの人を呼んだ後に、号泣するフリ?のジャレンティア王女殿下の近くまで顔を寄せると、こう呟いた。
「化粧が落ちていますわよ…」
アザミはニマ~ッと笑っていた。これはまた、アザミ姐さんの鋭い精神攻撃だ!
大抵の女子は化粧が落ちていることが分かったら、まず顔を上げられない。ジークや殿方がいらっしゃるこの場では尚更だ。うつ伏せでひたすら面を上げずに耐えなければいけない。
「殿下っ!」
うつ伏せで耐えているジャレンティア王女殿下の側に、ブーエン王国のお付きの侍従とメイド数名が駆け寄ってきた。
お付きの人は、実はうつ伏せで床に食らいついているだけのジャレンティア王女殿下が立ち上がれるように、両脇から支えようと王女の体を起こそうとした。
しかし体に力を入れ踏ん張り、床から顔を上げようとしないジャレンティア王女殿下。
「面白くなってきたわね…」
扇子で口元を隠しながらアザミがまたニヤニヤしている。
一向に動こうとしないジャレンティア王女殿下の顔をメイドが覗き込もうとしたが、もう床に口づけしてるんじゃない?というぐらいの距離感で王女殿下は床にすがりついている。
「殿下?どうされましたか…ご気分でも優れないのですか?」
「失礼ながら私が横抱きにしてお運びしますので…」
と若い侍従が半ば強引に王女殿下の体を正面向けにしようとした。
ああ!これ王女殿下ピンチじゃない?
と、思ったら
「いやあああ!!」
と物凄い悲鳴を上げて、王女殿下は腕を振り回し床を転げまわった…
あのさ、もう太ももどころか下着すらも丸見えで結構大事な所までドレスがはだけてしまって、ジークにもフォミル様にも、皆にもぜーんぶ見られているんだけど…
「これなら、化粧崩れを見られるほうがマシ…ですわね」
「言ってやるなよ、アザミ」
横でジークが目を逸らしている。紳士の嗜み?かな。淑女のあられもない姿には目を瞑ってあげるべきよね。
「目が腐る…」
「これ、フォミル」
フォミル様の不敬発言を聞いて、お祖父様の伯爵が小声で叱責している。
王女殿下は床を転げ回り、更に剥げ落ちた化粧崩れをジーク達の前で晒し…もう涙か汗か何だか分からない水分で顔をぐちゃぐちゃにしながら侍従達に抱えられて、いなくなった…
「醜悪ですわ」
アザミがまだ大声で暴れている王女殿下の姿を目で追いながら呟いた。
因みに
王女殿下は懲りていなかったようだ。
その日の夜中、カイトレンデス殿下の寝室へ近づこうとして、近衛に見つかって止められていた。しかも王女は透け透けの夜着を着用していたらしく、また暴れて今度は透け透け夜着がめくれ上がり、全裸を近衛達とうちの旦那(ジーク)に見られて?見せられて?しまったらしい。
「でも男性側からしたら、女性の艶めかしい裸体を見れて良かったんじゃない?」
と、その大騒ぎから帰ってきたジークに聞くと物凄い顔で私を見て
「何も感じなかった」
とだけ表現をした。ふーん。そして、ちょっと拗ねたような顔をして
「フィーの綺麗な体なら感じるよ~」
と、とんでも発言をしながら近づいて来た。私は近づいて来たジークの手を思いっきり叩いてあげた。
「っい!…酷い!」
「仕事中です」
はぁ~しかし初日から大騒ぎね。早く王女も国に帰ってくれないかな。