旦那を守るのも楽じゃありません
隣国の王女
「嫌味がいないのも気楽でいいわね~」
溜まった書類を片付け終ると大きく伸びをした。そしてクラナちゃんが事務所に入ってきたのだが、手に伝書ひよこを抱えているのに気が付いた。
伝書ひよことは、術者の声そのものを複製して保管が出来、尚且つその術者が指定した先に声をお届けする魔術道具の一つだ。ひよこに各人の魔力波形を登録しておけば登録者間でのやり取りが可能なのだ。
「先輩宛に…カイト殿下からご伝言で~す」
あら…何々?私はひよこの腹のあたりの産毛に指を置いた。
するとひよこがクワッ!と口を開いた。
『お名前をお願いします』
「ミルフィーナ=クワッジロです」
『魔力検索中…検索中…照合完了。再生します』
『ミルフィ!一大事だ!予定より二日早く帰国する』
ブチッと音声は切れた。ひよこは魔力が切れたのか、机にゴロンと倒れている。
確かに再生された声はカイト殿下の声だったが…一大事?何が?
「圧倒的に情報が足りませんね…」
クラナちゃんのごもっともな発言に私も頷き返した。その二日後…
カイトレンデス殿下は予定より三日も早く帰国して来られた。
共に行かれていた皆様の顔色は総じて悪い。もしかして集団で食あたりにでもあわれたのかしら?
とか、思っていたら、帰国の挨拶もそこそこにカイト殿下に
「ミルフィ!緊急会議だ!」
と言われて、何故か執務室にカイト殿下、私、ジークレイ先輩という三人だけが集められた。ご丁寧にもカイト殿下は室内に消音消臭、魔物理防御障壁まで張っている。
物々しい…何だろうか?
緊張した面持ちの殿下とジーク先輩は私に向き直ると、お互いにモジモジした後にジーク先輩がスチャッと私の前に膝を突いて手を差し出した。
「ミルフィーナ=クワッジロ様!私と結婚して下さい!」
ん?
これは…やはり。
「先輩、異国で食あたりですか?脳までやられるなんて今すぐ治療しましょう」
「ち…ちがっ!違うんだ。これは…。」
「ミルフィ、お前の盾の力で一刻も早くジークレイを守ってやってくれ!」
んん?カイトレンデス殿下の言葉で余計に分からなくなる。
どう言う事?
カイトレンデス殿下のご説明を聞いて私はやっぱり首を傾げてしまった。
「ブーエン王国のジャレンティア王女殿下にジークレイ先輩が求婚された…と」
私の前の男二人は顔色を失っている。
「ブーエン王国の王女殿下…確か…御年26才で先輩より少々お年上ですが…お相手としては許容範囲と申しますか…逆玉で寧ろ…」
「断じて違うっ!」
ちょっ…何?ジーク先輩に詰め寄られて、おぃ?顔に唾がかかったよ?
「ちょっと先輩興奮しすぎ…他国の王女殿下に見初められるなん…」
「言いからとっとと俺と結婚しろ!いち早く速やかにっそして最強の防御魔法で俺を護衛しろ!」
ジークレイ先輩のこの話しぶりから察するに…その王女殿下は先輩の恋愛範疇外なのだろうか?詰め寄った先輩の肩越しにカイト殿下の方へ目を向けた。
「ミルフィも知っての通り、ジークレイは上級魔法使いだが…攻撃系の魔法に特化してしまっていて…防御や補助魔法がまるで使えないよな?」
カイト殿下のボソボソした説明に頷き返した。その間もジーク先輩は舌打ちばかりしてイライラしている。
「ブーエン王国に入国してあちらの国王陛下と王太子殿下とご挨拶しようとしたら…後ろに控えていたジークレイに…その…うん…」
何か言い淀むカイト殿下…。ジーク先輩の舌打ちがひどくなる。
「王女殿下が何か叫びながら…体当たり?か…女性的にいうと抱き付こうとしたのかな…兎に角、そういうことを初対面のジークレイに仕掛けて来たのだ」
「っ…あの女…俺の、俺の…下半身を弄りやがった!」
「ぎゃ…っ…そ、それは…御気の毒…」
正にお気の毒な…
「ジークレイが恐怖で一気に戦闘態勢に入ってしまって…ブーエン国側も大慌て…こちらも謝罪したりと…初日はそのような感じだったんだが…その日の夜…」
ああ、もう聞かなくても分かるわ。ジーク先輩のとんでもなく眉間に皺を寄せた顔を見詰めた。
「怖かったねぇ…先輩」
「怖くないがなっ日中はつけ回して来るし、夜は夜で襲ってくるんだぞ!俺は気配を感じて気が休まらなかったっ!」
カイト殿下は大きな溜め息をついた。
「もっと困ったことにだな…ブーエン国王もジャレンティア王女がそれほどジークレイを好きならば是非結婚を…とか言い出してしまって…」
「まあ…国王陛下から…」
他国の王族からの結婚の打診…これは断り辛いというより断れないよね。
カイト殿下は困った顔をした後に若干ニヤニヤしながら言った。
「その話になった時にジークレイがな、『自分には結婚予定の恋人がいる、ミルフィーナ=クワッジロです!』って言っちゃったんだよな」
私はびっくりして飛び上がった。
「せっ先輩よりにもよってっ!」
「す、すまんっ!叱責は後でいくらでも受けるから…一生のお願いだ!俺と結婚してくれ!助けてくれ!」
あの嫌みなジークレイ先輩が困っているようだ。体から溢れだす魔力を診てみると、確かに魔力が不安定な揺らぎをみせている。本気で困ってる。
正直、生涯結婚するつもりはなかったのだ。兄弟はすでに結婚しているし孫もいるから両親からは何も言われない。生活面では一人暮らしをしているから、自立はしている。
う~ん、う~~ん…
「形だけの結婚で構わない。あの王女の魔手から逃れれば俺の飲める条件は飲もう」
おっ…言いましたね?そうですか…
「じゃあ奥様用のお手当を出してもらってもいいですか?」
「も、勿論だ!じゃあ受けてくれるんだな?」
「はい…」
いきなり先輩に手を掴まれた…と思ったら肩に担がれ、そのまま公所…つまり司法的な手続きを受け付けてくれる事務所に連れて行かれた。
こういう時は姫抱っこだろ!
と、文句を言ってやろうとしたら、ジーク先輩は公所に着くなりすでに記入済らしい婚姻届をグリグリと私に押し付けてきた。
「早くここに署名しろ!」
うぇぇ…婚姻証明人欄に国王陛下夫妻の署名があるぅぅぅ…
私は震える手で署名して先輩に渡した。先輩は受付の順番待ちの番号札を受け取ると、また舌打ちしていた。
「おいっ…今から防御障壁…と、そうだな気配を消せるアレ俺に使ってくれ」
「ええ?こんな建物内でですか?あの術って基本は戦闘行為中に使うもので」
「グズグズするな早くしろ」
なんだよ…偉そうに、いえ私の上官だし偉いのは偉いのだけれど。私はジーク先輩に魔物理防御障壁と更に御所望の遮断魔法をかけた。