旦那を守るのも楽じゃありません
ゆっくりさせてくれ!
お義父様が静かにお義母様の横に立たれた。
「ロリアント男爵夫人、うちのメイドが大変失礼を致しました。生憎と王太子殿下の婚姻の式典に参加をする親戚一同を我が屋敷でお迎えしなくてはいけない時期でして、人手と準備に手が回らない状況です。なんでしたらご実家であられるクベリク伯爵家に私からお手紙をお出ししますので、ご実家に行かれては?」
簡単に言うと、こっちは手一杯だ!実家があるんだからそっちに行け!帰りづらいなら一筆書いてやるからそれを持って行け!…だ。
ロリアント男爵夫人(元彼女)はお義父様を睨みながらジークレイの方を見た。
「ジークレイっあなたからも言ってよ、私あなたに会いに…」
「後ろにおられるご主人とお付きの方…俺からも口利きしますから泊まる宿が無い時は連絡下さい」
ジークはラヴィア様をガン無視してロリアント男爵?にそう声掛けをした。男爵はあたふたしながらラヴィア様の肩を引いた。
「ラヴィア…さあもう行こう」
「な…何言ってんのよ!?わざわざ会いに来てやったのにっ…ちょっと…ジークレイっ」
ホイッスガンデ家の私兵がラヴィア様御一行をグイグイ押して通りの向こう側へ連れて行った。
さて元カノの襲撃は静まった。問題はまだあるが…
イランゼさんは無表情ながらも、体の中の魔質はグルグルとどす黒く渦巻いている。また呪術でも唱えているんじゃないでしょうね?
「ミルフィーナ」
ジークがキリッとした顔を私に向けてきた。おっ、仕事の顔ですね。
「はい」
「婚姻の式典の会場内にロリアント男爵と夫人の2人は入場禁止だ」
「御意」
「それと、無理のない範囲でいいので、追尾と探索…出来れば首都の関所までの範囲内に使えないか?」
そうきたか…どうやらおっさんども(ジーク含む)はどいつもこいつも同じ考えのようだ。
「はい、実を言うとクリーシュア元帥から立ち仕事は免除の代わりに事務所内待機で構わないので追尾と探査の魔法だけは使うようにと指示されています。お菓子を食べながらでも可、疲れたら仮眠可だ、とも言われています」
「あの、おっさん!俺の嫁と子供に無茶させやがる!」
あんたも無茶を言っただろうが…
「パルン君とクラナちゃんとお茶でも飲みながら魔法を使いますので、それに関しては大丈夫です」
ジークはポンッと私の頭を一撫でしてから義両親を顧みた。
「仕事に行って来ます。今日は兄上が来るのですよね?早く帰れるようにします」
お義母様が私の側まで小走りで来た。
「ミルフィーちゃん、何かお仕事で無理させられてるの…?大丈夫?」
「あ、いえいえ。いつもは戦場でも数百規模の魔物理防御障壁を私1人で張っていることもあるので、それに比べたら楽です」
「数百!?」
側にいた私兵の方々や侍従の皆様が驚愕の表情で私を見ている?あれ、皆さま私の事存じないの?私只の公爵家のご令嬢ではないのよ。
「こう見えても、ミルフィーナは大陸の五本指に入るくらいの術師なんだぜ?」
「ええっ!?」
ジークの言葉に益々皆さまが驚かれている。しかし何故ジークが自慢げな態度なのよ?あんたが凄い訳じゃないでしょう?
「防御系に関して世界一だと俺は思っている。言っとくけど肉弾戦も強いぜ?俺の嫁は世界最強で最高だ」
「ジークは朝から頭でも打ちましたか?ではお義母様、お義父様行って参ります」
私は義両親 に頭を下げてから1人で颯爽と転移魔法を使った。
私は事務所前の廊下に転移すると、
「おはようございます」
なに食わぬ顔で挨拶して室内に入って行った。
「おは…あれ?今日はジークレイ様は?」
パルン君が届いた郵便物を入れた大きな籐の籠を抱えながらキョトンとして聞いてきた。
「そのうち来るでしょう?それはそうと、私ね、婚姻の式典期間中は魔法を行使しながらの勤務でお菓子食べ放題の権利を元帥閣下からもぎ取って来たから…今日はお菓子のフルコースを皆で食べましょうよ」
「きゃあ!やった」
ミニキッチンから飛び出してきたクラナちゃんが歓喜の悲鳴をあげている。クラナちゃんは早速何か雑誌を机の引き出しから取り出した。何かしら?
「美味しいお菓子のお店のご紹介本なのですよ~狙っているお店がありまして~」
「どれどれ…おおっ~この生地で果物をクルッと包んだお菓子ね。何ぃ!?一日限定100個…」
私が鋭く目を光らせるとクラナちゃんも緊張した面持ちで頷いている。
「狙いますか?」
「勿論よ」
「パルン君留守は頼んだ!旦那と殿下が来たなら適当に!」
「適当ってなんですかぁ!?ヨ…ヨーデイさ…ああぁ!昨日飲み過ぎで胃が痛いから医術医に寄ってから出勤だ…」
パルン君が何かごちゃごちゃ言っていたが、構っている時間は無い。クラナちゃんを連れて商店街の端の方に設置されている噴水の広場前に転移した。
日中は人が多い所への転移魔法での移動は見つかれば罰金刑になる。人身事故に繋がることも多い移動魔法だからだ。
都会の通りには転移魔法の着地場所なる、小さめの空き地が設置されているところもあるくらいだ。
「ミルフィー先輩、こっちです」
「朝から人が多いわね~」
クラナちゃんが例のお菓子店の紹介本を見ながら、通りを先導する。
「5日後に婚姻の式典があるでしょう、今日から便乗した…祝!ご婚姻の特売が商店街で始まるんですよ。あ、あれが案内ですね!一部頂きましょうか」
クラナちゃんは店先に置かれた案内板の横に置いてある薄手の冊子を手に取った。
「ミルフィー先輩、あのお店です…あっ!もう並んでる」
私達は急いでお店の前の行列の最後尾に走り込んだ。私はクラナちゃんが店先で頂いてきた冊子見てみた。
「へぇ~商店街で大々的に特売をするのね」
これは食材の買い溜めをする絶好の機会か?と思わずほくそ笑んでいるとクラナちゃんに見られていた。
「ミルフィー先輩…今、わっるい顔してましたよ~?」
「悪巧みではなく、主婦の戦いに思いをはせていたのよ!」
とか何とか騒いでいるうちに順番がやってきて、無事に限定100個のケーキを事務所内の人数分確保出来た。そうやって数件の菓子店を回って行く。その各お店で購入したお菓子類を『魔法の巾着』に仕舞っているとクラナちゃんが気が付いて騒ぎ出した。
「そ、それぇぇ!?嘘?魔道具ですかぁ!?いや~ん、食べ物も入るの?ええ!?中で腐らない?欲しいですぅぅ!」
うんうん、女の子用に可愛い色の巾着も作ろうかな~今は渋茶色だし…
そして、搾りたての果実水を売っているお店で搾り汁を飲み、一休みした後で…さあ城に戻ろうかとした所で商店街の外れ辺りで人だかりが出来ているのに気が付いた。
「何ですか?揉め事でしょうか?」
「警邏はまだ来ていないようね…」
一応私も軍人の端くれ…今日は警邏業務ではないとはいえ、通常は私も街で巡回をする立場…揉め事を収めようと人垣の外から声をかけた。
「警邏の者です。どうされましたか?」
すると人垣が少し割れたので私はクラナちゃんと前へ出た。
「げっ…」
思わず下品な声を出してしまったことを許して欲しい。
人だかりの中心にはジークレイの元カノ…現ラヴィア=ロリアント男爵夫人と男爵とお付きの方の計4名がいたからだ。何でまたこんな商店街の近くにいるのだ…私は目線を上げて納得した。
「宿屋か…」
いやいや?このご婚姻の式典の期間に宿屋なんて激混みよ?空室なんてあるかしら…とか思っていたらラヴィア様は私を見ると、腕を組んで顎で宿屋を指示した。
「ちょうどいいわっ!あなた何とかして頂戴!この宿屋が私を泊めれないと言うのよ!」
「ほぇ?」
クラナちゃんが気の抜けた返事を返している。今、何て言ったこの人?思わずクラナちゃんを見たらクラナちゃんも私を見ていて首を捻りながら
「あのおばさん、誰?」
と真顔で隣に立っているおじさんに聞いている。すると隣のおじさんはご丁寧にもクラナちゃんに説明してくれた。
「なんでも地方から出て来たお貴族様みたいだよ。こんな時期にいきなり宿屋に押しかけても空き部屋なんかあるものか。もうどこも一杯さ」
「宿屋だって泊めろと言われても空いてないものは空いてないさ!」
「さっきから門前払いをされてばかりだよ~あの方達」
「そうだよ。もう少し高台にある高級宿に行けばお金さえ出せば一室くらいは空いてるんじゃないか?」
とか、周りの人達が次々とラヴィア様の詳細?とこの辺りのお宿情報を提供してくれる。
ラヴィア様は顔を真っ赤にしている。こんな商店街のこう言っちゃなんだが安価なお宿で門前払いを受けるなんて彼女の矜恃が許されないのだろう。
私に向かって指を刺すと
「私はホイッスガンデ侯爵家の縁続きの者です。すぐに宿を手配なさい!」
と言った。クラナちゃんはヒュゥ…と息を吸い込むと結構な大きい声で
「ミルフィー先輩、ご存じですか?」
と私に聞いてきた。いや、え~とご存じも何もここで言っていいのかな…
「ミルフィー…?あなたもしかして…ミルフィーナ=クワッジロなの?」
ラヴィア様はクラナちゃんが私の名前を呼んだことでやっと気が付いたようだ。
おい…今頃ですか?しかも先ほどまでジークと一緒にいましたけど?まあ先ほどはイランゼさんとの死闘?で私の事なんて目に入ってなかったのでしょうけど…
しかしこのラヴィア様の不敬な物言いにクラナちゃんが噛みついた。
「このおばさん…こう見えてどこかの王族なのですか?先輩に対してこんな不敬な口を…」
「ロリアント男爵夫人よ。因みにジークの元カノ」
私が、ラヴィア様をクラナちゃんに紹介するとクラナちゃんは益々いきり立った。
「はあぁ!?ミルフィーナ先輩よりずーーーっと下の下位貴族じゃないですか!?それなのにこの態度?おまけにあの汚部屋のジークレイ様より5才も上のっあの問題だらけのっ元令嬢のぉ‼️」
クラナちゃんの口撃が止まらない…もう正面からラヴィア様にこれでもかっ!と鉄拳を食らわせているかのようだ。
「何なのっこの子っ!私はホイッスガンデ…」
「ラヴィア=ロリアント男爵夫人、縁続きでもない方がホイッスガンデ家の名前をこれ以上出されるのは宜しくないですよ。不敬罪に当たります」
「…っ⁉」
私は静かにラヴィア様に告げた。そしてロリアント男爵を見た。気の弱そうな男性だ。
「ホイッスガンデ家より申し入れがありまして、ロリアント男爵及び夫人の婚姻の式典へのご来場が出来なくなりました」
「そんなっ!」
ロリアント男爵以下、お付きの方は悲鳴を上げた。
「何ですってぇっ!?」
ラヴィア様は私に掴み掛ろうと近づいてきた。