旦那を守るのも楽じゃありません
お色気系と可愛い系

掴み掛ろうとしたのか…ラヴィア様が私に走り寄ろうとした時にクラナちゃんが私の前に躍り出た。するとそのクラナちゃんの前に更に誰かが立ち塞がった。

「フォミル様!」

フォミル様はちらりと私を顧みて

「は〜い揉め事ですか?警邏です」

と言った。警邏!そうか、今日はフォミル様が巡回当番だったんだ。

「揉め事ですよ!そちらのおばさんが縁もゆかりも無いのにホイッスガンデ家の者と名乗り、宿屋に泊めろと騒いでいます」

クラナちゃんはフォミル様にそう言ってラヴィア様を指差した。

フォミル様は胸ポケットから『警邏ボード』を取り出した。

警邏ボードとは…巡回に出ている警邏に支給されている魔道具だ。軽犯罪(ひったくりや置き引き)や数年前からの未解決事件などの凶悪事件も記録されている記録系魔道具なのだ。犯罪が発生し事件と判断されれば、各巡回に出ている警邏の所持する警邏ボードに伝達魔法で逐一最新情報が知らされる優れものだ。

「ふーん、ああ…あった。今知らせが来ていたね。え~と『今朝方、ホイッスガンデ家の門前で騒ぎを起こしたロリアント男爵夫人は度々同じような騒ぎを起こしており、厳重に注意しておくように』これ、あなたでしょう?」

ラヴィア様は、男爵の顔を見たり私を睨みつけたりした後に、フォミル様を見ると急に微笑んだ。そして上目遣いをしながら一歩フォミル様に近づいた。

「あ…あら?あなたすごく素敵ね。警邏の方なの?お生まれは?」

で…でたーーー!年上の毒牙再びだ!またフォミル様もジークと同じく年上女に狙われ…

「フォミル様!あのおばさん、ミルフィーナ先輩に失礼な口の利き方していたんですよっ!捕まえちゃって下さい!」

突然のクラナちゃんの乱入にラヴィア様もフォミル様もギョッとしていたが、私はホッとした。

恋愛経験ゼロっぽいフォミル様があんな女の毒牙に刺されちゃ、一瞬で干からびてしまうわ。

「おいっフィー!こんな所にいたのか?」

…また、面倒な…このごちゃごちゃしている時にジークがやって来ましたか。ジークは私に声をかけながら人を掻き分けて私達の側にやってきた。

「ジークレイ様!このおばさんですよね?本当にジークレイ様の女性を見る目って腐っている!あ、ミルフィーナ先輩を見染めたのはお褒めしますけど」

ク…クラナちゃんのジーク下げがこんな商店街でも行われている!?真実をズバリと言われてしまったジークは顔を真っ赤にしてクラナちゃんに珍しく噛みついた。

「ク…クラナ!何もこんな所で…」

「ジークレイ!助けてっ…早く屋敷に入れて頂戴っ!」

と、まだ性懲りもなくラヴィア様が叫んで

「厚かまし〜い、おばさんね!」

とクラナちゃんが吠えている。お色気系と可愛い系の死闘が繰り広げられる中…

しまった…こんな時に気分が悪くなってきた。私は口元をハンカチで押さえてジークの背中を叩いた。

「ジーク…気持ち悪い」

「なっ!何だとフィーまでっ俺を下げ…」

「そっちじゃない…本当に気分が悪いの…」

ジークは顔色を変えると一瞬で私を横抱きにして

「フォミル~後は適当に!」

と、どこかで聞いたことのある台詞を言ってから転移魔法を使った。

ジークの転移先は王太子殿下の執務室の棟の中の仮眠室だった。

「フィー、暫く横になっていろ。まだ気持ち悪いか?」

ジークは首元のシャツのボタンを開けて喉元を緩めてくれた。

「ちょっと魔力が回りすぎてるかな…赤ちゃんが元気な証拠なんだろうけど…」

私がそう言うとホッとしたような顔をして私の唇に柔らかく口づけてくれた。

その後、ジークは飲み物を差し入れたりして甲斐甲斐しく私の世話をしてくれた。

そして30分後

事務所に帰って来た目を吊り上げたクラナちゃんにジークはそれはそれは怒られていた。

「あんな根性の悪いババアと付き合っていたジークレイ先輩を更に見損ないました。品格はお付き合い相手を選ぶ重要なポイントですよぉぉ!」

若干18才に正論をぶっかけられて、ジークは一言も言い返せない。全てお言葉通りだからだ。

「なぁにが『私の魅力的な体を特別に見てみたいと思わない?』だっ!30過ぎた厚化粧のババアのたるんだ体なんて誰が見たいんだ!『あなたは引っ掛かりの無いストーンとした体ねぇ?』だっ!うるせー!まだまだ成長過程だよ!伸びしろがあるんだよっ!」

なるほど…どうやらラヴィア様は後に残った2人…フォミル様には色目を使い、クラナちゃんには身体をけなして、大層クラナちゃんの気持ちを逆撫でしてきたらしい。

興奮してジークに八つ当たりをし、更に書類の紙に八つ当たりをしているクラナちゃんは実は伯爵家のお嬢様だ。長女でもあるクラナちゃんが働きに出ねばいけないほど家計は困窮しているらしいのだが、貧乏伯爵なんです~とクラナちゃんは明るく茶化している。クラナちゃんはまだ若いけれど苦労人なのだ。

クラナちゃんはフォミル様と一緒に城に戻って来ていた。フォミル様はすぐに警邏の巡回に戻られた。そんなフォミル様はラヴィア様にこう申し出をしていたらしい。

「泊まるところが無ければホーエント伯爵邸で宜しければご紹介出来ますが?今は祖父母しかおりませんので…」

と言う感じだったらしいので、フォミル様の男爵家に対する完全なる親切心からの言動だったのだが、クラナちゃんから言わせれば余計な一言をラヴィア様に言ってしまい、例の『私の魅力的な…』の言葉をフォミル様にしな垂れかかりながら囁いていた…のがクラナちゃん的には非常に許しがたいことだったらしい。

「私がストーンとした体なのは事実だし構わないのですよっ!ですが、あのフォミル様がおばさんの裸体なんて見たいと思いますか?」

「まあ思わんだろうな~」

と、カイトレンデス殿下が答えている。殿下はコーヒーを飲みながら限定100個のケーキを優雅に食べておられる。

「でも世の中には熟女好きという方もおられますし…」

とパルン君が要らぬ一言を呟いてしまい、クラナちゃんに睨まれている。

「今、若いご令嬢の皆様から絶大な人気を誇る、フォミル=ホーエント様ですよっ!明るくて気さく!元はブーエン王国の公爵家のご血筋…何でもブーエン王家の縁続きでもあるとかっ!おまけに今はあの、ホーエント商会のご子息!大変裕福なお家柄っ!とてもお金持ちなのですよ!」

お金が大事…なのだろうか、二度もお金関係を連発しているクラナちゃん。

「あのお優しくて紳士なフォミル様が熟女好きなんて有り得ません」

「まあ、熟女に関してはクラナの言う通りじゃないかな、何でもブーエン王国のジャレンティア王女殿下から狙われるのを避けていたらしいし…」

事務所に入って来たジークはそう言いながら私の座っているソファの横に座った。

アレ?王女殿下が熟女枠?まだ20代の女性を熟女枠に入れるのは何か抵抗あるなぁ。

ジャレンティア王女殿下を熟女枠に勝手に入れたジークは、私に小袋を差し出した。

「医術医に行って来た。モーリの実を煎じて飲んだら吐き気が緩和されるらしい」

まあ…気が利く。私はジークから小袋を受け取った。なるほど、黒い実が5粒入っている。

「カップ一杯に一粒だそうだ」

「ありがと、ジーク」

「……」

クラナちゃんが私が座るソファの側に腰をかがめて近づいてきた。

「ミルフィーナ先輩、今日はすみませんでした。私が限定の菓子の話をしたばかりに外へ出て、あんなのと遭遇する羽目になってしまって…」

クラナちゃんの魔力がしょぼんと沈んでいる。

「クラナちゃん~気にしないで。私が行きたいって言ったのだし、それにお茶請けの限定ケーキ、殿下も喜ばれているし~」

「そうだよ、クラナ。この限定菓子美味いな」

とカイトレンデス殿下はクラナちゃんに微笑みかけた。クラナちゃんは強張らせていた表情を緩めた。それはそうと…

「結局ラヴィア様…ロリアント男爵家御一行はその後どうなったの?」

クラナちゃんは酸っぱい果物でも食べたかのような顔で私を見た。どうした?

「それが、あのおばさんがフォミル様に近づいて手に触った瞬間にフォミル様が乙女のような悲鳴をあげちゃって…」

「乙女のような悲鳴…」

きゃああ~!とか叫んだのかな。ああ、あれかな?ジャレンティア王女殿下を思い出しちゃった…とか?

「フォミル様の悲鳴に他の警邏の方達が駆けつけてきて、ロリアント男爵夫人を取り押さえて、警邏所に連れて行っちゃったんですよ」

警邏所とは警邏巡回の軍人の事務所兼警邏中に起こった犯罪の参考人や犯罪の現行犯を収容する施設だ。

「まあ…それじゃあラヴィア様、牢に入れられてしまったの…」

それは気の毒だ。

「捕まって当然ですよ!だってフォミル様に暴言吐いてましたもの。『私の誘いを断るなんて気の回らない男ね!それじゃあ女性にモテないわよ!』ですって、失礼しちゃいますよね〜?」

あ……それはモテないようにブーエン王国で変装していたとはいえ、恋愛経験ゼロかもしれないフォミル様の純朴な心を抉ったね。

「クラナちゃん…私はまだお菓子食べれそうにないから私の分と一緒に、焼き菓子も入れて今日のお詫びがてらフォミル様に差し入れ持って行ってくれない?」

私がそう言うとクラナちゃんは緩々と頬を緩めた。おや?

クラナちゃんの魔力がぴょんぴょんとはしゃいでいるように明るく弾んでいる。

これはもしかして?

嬉々としてお菓子の詰め合わせ作り、やたらと可愛い紙袋にお菓子を入れて、クラナちゃんは踊り出しそうな勢いで事務所を出て行った。

「これはクラナちゃんの憧れのプロポーズ相手が現れたわね!」

「何が?」

ジークがとぼけたことを聞き返してきた。

「クラナちゃんとフォミル様よ。可愛い系とワイルド系の年の差カップルが誕生しそうね」

「そうか?」

鈍いジークを一睨みしてから、給湯室に入るとモーリの実を煮出した。

お茶はスッキリした味だった。喉と胃の中が温かくなる。

さて、閣下と旦那がご所望の探索と追尾の魔法を使いますか…

私は目を閉じて意識を集中した。


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