旦那を守るのも楽じゃありません
お義兄様とご対面
ラヴィア様ご来襲や、イランゼ呪術事件などがあったその夜、サザーレイお義兄様御家族が領地からお越しになっていた。
サザーレイ=ホイッスガンデ元大尉。
確かジークより3才か4才年上の元軍属だ。実は私は軍では直接お会いしたことがない。私が入隊した年に除隊し領地経営の為、王都を離れられたからだ。
ただ噂はよく聞く。めっちゃ怖いらしい。兎に角怖いらしい。当時、ミケランティスお兄様が軍では絶対逆らっちゃいけない人だ…と常々言っていた。
初対面である。緊張するなと言う方が難しい。
「2人共おかえり。今は式典の準備で忙しいだろ?」
お義兄様は顔はお義母様似だった。しかし体型はジークとそっくり。歩き方もそっくりで後ろから見たら見分けがつかないぐらいだった。
穏やかな方のような気がするんだけどな?何をミケお兄様が怯えていたのかが分からない。
「ミルフィーナもジークレイも、改めて結婚おめでとう」
と、お義兄様が言った後…お義兄様の後ろから女の子と男の子が飛び出して来た。
まだ成人前かな?長女っぽい女の子はめっちゃジークレイに似てる!
「きゃあ!可愛い!」
私は可愛いものが好きなのだ。淑女らしからぬ声をあげてしまったのは許して欲しい。
間違いなくサザーレイお義兄様の子供、ジークレイの甥姪で間違いない。
「おめでとうございます!」
女の子は小さい花束を持っていて恥ずかしそうに私に差し出した。
「まあ素敵だわ!ありがとう!」
私は可愛い者(物)の連続攻撃に、すっかりメロメロになっていた。私は女の子の前に膝をつくと目線を合わせてお礼を言った。
はぁ〜近くで見ると益々ジークレイに似てる。女の子のバージョンでも可愛いんだな〜顔の一つ一つのパーツが可愛いのかな。
「私、ミルフィーナよ。宜しくね」
そう言って私が女の子に微笑むと女の子はパッと笑顔になると
「ラナファーレ=ホイッスガンデです。10才です。ほらっ…!」
と淑女の礼をしたラナファーレちゃんの横に走ってきた男の子がラナファーレちゃんに促されてピョン…と膝をついて
「ミールレイ=ホイッスガンデ、8才です」
と、自己紹介してくれた。弟のミールレイ君もジークに似てるぅぅ!
「2人共可愛い!」
先ほどから可愛いしか連発していない語彙力の低下している私。
可愛い者のダブル攻撃に呼吸が荒くなっている。
「ほらほら兎に角、2人共着替えておいでよ。うちの奥さんも紹介したいし…」
そう言えば、お義姉様のお姿が見えないわね…お義兄様を見るとにっこりと微笑まれた。
「ちょっと風邪気味なんだ。どうしても婚姻の式典は参加したいって意思は固いよ~」
良かった…体調が優れないと聞いて咄嗟にイランゼさんと関連付けてしまったわ…
私とジークは一旦部屋に戻ると、頂いたブーケを花瓶に飾って、着替えてから食堂に向かった。
「おかえりなさい~ミルフィーちゃんは体調の方大丈夫?」
お義母様がササッと近づいて来られて、私の手を取られた。温かくて優しい魔質ね。
「はい、只今戻りました。今は気分は悪くはありませんよ」
お義母様が、うんうん!と頷かれてソファに座っている女性の前に連れて行ってくれた。
「あ、お義母様…まあ初めまして、サザーレイの妻のファナミナよ。お風邪うつすといけないから近づかないようにするわね~ゲホン…ご結婚とご懐妊おめでとうご…ゲホゴホ…」
と、咳き込みハンカチで口元を塞ぐ、ファナミナ様。お義母様に飲み物を頂いて一気飲みしているお義姉様。
ジークが義姉上はお菓子みたいな方だよ…と称していて、抽象的で分かりづらっ!と思ったけど、本当にお菓子みたいな感じの小さくて可愛らしい女性だ。
フワッとしたケーキの上に飾られている砂糖菓子のアートのような、線の細くてフワフワしている可愛い感じが確かに似ている。
これまた可愛い系の生き物がここにもいた!
グフフ…ホイッスガンデ家には可愛いものがてんこ盛りね!
「こちらこそご挨拶にお伺いもせずに…ミルフィーナでございます。失礼ながら常に自身に防御魔法を使っておりますので、媒介する病気には心配は及びませんのよ」
と私が説明するとお義姉様はキョトンとした。キョトンとした顔も可愛い。
「防御魔法…魔法で風邪がうつらないように出来るの?」
「本当に!?」
何故だか後ろにいたサザーレイお義兄様もびっくりしたような声を出された。
あ……そうか、説明するの面倒だけど、え~と。
「特殊魔法なのですが、魔術と物理防御と暗黒魔法の術が侵入しないような…え~と簡単言うと古代語魔術の高位魔法の応用で、私しか今の所使えない魔法なのです」
皆、あんぐりと口を開けている。いやだからさ、前から常々言っているけど…私これでも結構優秀な魔術師なんだよ?
「どうだ!俺の嫁最高だろ!」
「だから、何故ジークが偉そうなのですか?」
まったく自分のことのように偉そうにしちゃってさ~
「ミルフィーナさんは…」
「ミルフィーナで構いませんわ」
私はそう言ってお義姉様の座っているソファに膝を落として近づいた。
「お義姉様、宜しければ治療魔法…かけましょうか?」
「‼」
またびっくりさせちゃったみたい。実は治療魔法は素質がいる。使えない人は擦り傷一つも治せないらしい。攻撃魔法とは違いこればかりは遺伝らしい。一族に1人でも治療魔法を扱えるものがいれば必ずその一族には素質として受け継がれていくらしい。
とは言っても
私って、治療魔法使えるの~と言っている人でも精々、打撲や打ち身の痛みを軽減する程度だと思う。私は重篤な病の根本治療はさすがに無理だが、風邪や腹痛程度なら根本から治療出来るくらいは素質がある。
私はお義姉様の手を取った。まだ熱があるみたいね。病巣に魔力を流し込んでみた。
「ミルフィーナはな~戦場でこの治療魔法を防御障壁ごと数百人に一気にかけることが出来るんだぞ!だから戦場では皆病気知らずだ!」
「ええっ!」
だから、なんでジークが偉そうなんだっての?
皆様は散々驚いておられたが、お義姉様の風邪はすっかり治ってしまった。
そんな大魔術師?の私に子供達も興味津々みたいで、術や戦場の話などを聞かせてくれ~とラナファーレちゃんとミールレイ君にせがまれた。実に可愛い。
こうしてお義兄様ご家族とはにこやかにご挨拶が出来て、夕食も楽しく頂けたのだが、夕食後の家族会議であんな恐ろしい事態になるとはこの時は予想もしていなかったのだ。
楽しい夕食後サザーレイお義兄様から話があるから…とジークと2人応接室に呼ばれた。
応接室にはサザーレイお義兄様とお義父様のモリーオレ様が居た。
「すまんな、実はジークレイに2年ほど前から頼まれていたことの報告をしようと思ってな…実は父上にも1年ほど前に同じことで相談を受けたんだ。ジークも父上も何故俺にばかり言ってくるんだ?2人共同じ家に住んでいるんだろ?」
ジークはお義父様を見た。
「え?父上も?」
「何だ…お前も気が付いていたのか?」
何の事だろう?私が首を捻っているとジークが私を見た。
「フィー、秘密の家族会議だ。障壁を頼む」
「御意」
私は魔物理防御障壁と消音魔法を部屋全体に張った。お義兄様が魔術式を見て感嘆の声を上げられた。
「いや素晴らしい、実に素晴らしい。さすが、パッケトリア王国最強の盾だね!」
「お褒めに預かり光栄で御座います」
お義兄様は笑うとジークに似ていますね~
「さて…」
一言言った途端、お義兄様の魔質が変わった。おお…これはっなるほど。ミケ兄さまも魔質が視えるものね。これに怯えていたのか…
これは確かに怖いね。
「先に…ジークレイ、長い間本当に済まなかった。俺もお前の話しをもう少し身を入れて聞いてあげるべきだった」
「兄上…」
「ここに今から母上とイランゼを呼ぼうと思う。今思えば、ジークが8年くらい前か?に俺に会いに領地に来た時に話してくれた事を真面目に取り合わなかったのが、全ての始まりだったと思う」
「8年前!?ジークレイ…お前そんな前からなのか?」
とお義父様が慄いている。
ジークは頷くと私を見た。
「フィーには話したけど…俺が気が付いたのがそれぐらいの時期なんだ。イランゼがおかしい…って。初めは俺をまだ子供だと思って構いたいのかな~とか吞気に思っていたんだ」
ああ例のイランゼさんの横恋慕のことなのね。つまりサザーレイお義兄様は8年前にジークから相談を受けていたけど、真面目に取り合わなかったのか…
ここでも自称不良のジークの素行の悪さが仇になって事件が深刻化してしまった原因があるのね。
私は横に座るジークの手を摩った。ジークが何とか微笑みを返してくれる。弱弱しい…
「いつからだったかな~イランゼが俺が風呂に入っていたら背中を流しますって入って来たんだ。それから月に何度もそう言って風呂場に入って来るようになった。最初は気にしなかったんだけど、気が付いたらやたらと体を触ってくるんだ」
「な…何だと!?」
「まあ…」
そんな破廉恥なことまでされていたの?それは流石にジークが痛ましいわ。ジークの手を優しく握るとゆっくりと握り返してくれる。御労しい…
「それに朝はいつの間にかイランゼが毎朝起こしに来ていた。勿論着替えも全部イランゼ1人で手伝ってくれていた。徐々におかしいと思い始めたんだ。いつからこんな慣習になったんだって?俺が小さい時はイランゼがこんなに俺の世話なんてしてくれていたかな?…って」
「確かに…イランゼはシャンテ付きのメイドだ。私の記憶している限りでも子供の頃のジークレイとサザーレイは別のメイド達が世話をしていたはずだ。それこそ、体調不良で5年ほど前に次々辞めてしまったホロンナとナーバンがな」
お義父様が低く絞り出すような声でそう言った。
なるほど、ジークレイの周りに本来いるはずの信の厚い古参メイドはすでに追いやられていたのね。
私は手を挙げてお義兄様の顔を見た。
「お話中すみません、そもそもなのですが10年ほど前まではイランゼさんがジークを特別な扱いにはしていなかった…と思っても良いのでしょうか?」
「ジークが15才くらいか…」
お義兄様のその言葉でラヴィア様の顔が浮かんだ。まさか?
「旦那様、お呼びと伺いましたが?」
イランゼさんが来た!
私は息を飲んだ。