旦那を守るのも楽じゃありません
偽装結婚
「ふぅ…よし。これで相当な手練れでなければ俺を認識出来ないだろう…」
先程、王女につけ回された…て言っていたけれど、もしかしてここまでついて来ているの?思わずゾッとして公所内を見回してしまう。
「483番の番号札の方~」
ジーク先輩は呼ばれるや否や、ダッシュで窓口に走り込んだ。さっきからすごく急いでいるけど、それほど慌てないといけないことなのかな?
「これだ、早く受理してくれっ…」
受付のお姉様は美形のジーク先輩に至近距離で見詰められて、顔を真っ赤にしながら
「はひぅ…少々お待ちくひゃさいましぇ…」
と噛み噛みになりながら婚姻届を受け取っていた。そして暫く離席された後…首を捻りながら戻って来られた。
「あの…昨日づけでジークレイ=ホイッスガンデ様の婚姻届がブーエン王国から出されていますけど…」
「ええ!?」
「しまったっ!っくそ…それは無効だ!早く捨ててくれ!」
またも詰め寄られた受付のお姉様は顔を真っ赤に染めながら
「しょしょ…少々お待ち下さい!」
と公所の奥に走って行った。
「ジーク先輩…」
「なんだ?」
「もう諦めては?」
ジーク先輩はカッと目を見開いた。おまけに魔力をバシッと私にぶつけてきた。
「お前はアレを見ていないから簡単にそう言えるんだよっ…!お前だって初対面で胸を触られてみろ…吐き気がするほど気持ち悪いだろう?」
確かに…初対面どころか気の無い相手から体を触られるのはゴメンだ。
「今の俺はミルフィーナに守られなければ生きて行けない」
何だか台詞が格好良いけれど、普通は男女逆だからね、それ?
「ホイッスガンデ様…お待たせしました」
受付のお姉様は上役っぽいおじさんを連れて戻ってこられた。私達は別室に移動し、鬼の形相のジーク先輩の説明に上役のおじさんは冷や汗をかいていた。
「そ、そうでございますか…確かにブーエン王国から発行されています婚姻届の署名は別人の魔跡のようですし、これは不受理ということで…今回提出頂きました国王陛下の御署名が入った婚姻届の方を受理させて頂きます」
「頼んだよ」
ジークレイ先輩は満面の笑顔だ。
「さあ、帰ろうか。フィー」
フィーって誰?
ジーク先輩は私に手を差し出している。
「ほら、手を」
ああ、なるほど!ってあれ?
「何故、手を出すのですか?」
「俺達、今夫婦になっただろ?外で手を繋いだっていいじゃないか」
ジーク先輩は手を更に突きだしてきた。
「パッケトリア最強の盾は伊達じゃないよな?俺ぐらい悪漢の魔の手から守ってみせるよな?出来るよな?」
他国の王女殿下を悪漢呼びしているけれど、ジーク先輩の言いたいことはよく分かる。
最強の盾が守っているのに、奪われたり傷つけられたり、あってはならない。国の名折れだ。
私はジーク先輩の手を握り締めた。
「勿論です。最強の盾の力でジーク先輩を全力でお守りします」
ジーク先輩はうっとりするような微笑みを私に向けてきた。
「よし!そうと決まればフィーの家に引っ越しだな。忙しくなるなぁ〜!」
な?何だって?
「いつの間に私の家に引っ越しして来ることになっているのですか?」
「だってフィーは一人暮らしだろ?わざわざ物件探す手間が省けていいじゃないか?」
ええ、一人で生きていく気満々で家を買いましたが…まさかの結婚して新居になるとは。
公所からの帰り道、ジーク先輩は手を繋いだままだ。
私は追尾と探査の魔法を周囲に張り巡らして歩きながら、尾行されていないかを警戒していた。
「そうだ、新居用にダブルベッドを買おうか?」
周囲の警戒をしていて、ジーク先輩の言葉に反応が遅れた。
「ダ…ダブ…?」
「今から行こうよ、ほらおいで」
ちょっと待って?この爽やかな人は誰?ジーク先輩の皮を被った別人かな?
その時、私の追尾魔法に誰かが引っ掛かった。すぐに探査魔法をかけた。
数は2人…捕縛しようか、と考えていると手を強く握られてハッとした。
「出国してからつけられてるんだ。俺に恋人が本当にいるのか確かめているんだろ?」
ジーク先輩は私の耳元に顔を近づけてきた。
ちょ…ちょっと!近い近いっ!もしかしてこんなところで…キ…キ…。
「もし恋人がいないのなら…攫おうとしていたのかもしれん」
キ…じゃなかった。びっくりした。イヤでもね、そんなに耳元に息を吹き掛ける必要あるかな!?
しかし、先輩を攫う?ご冗談でしょ。
一瞬でも敵意を感じたら魔法を力業で無効化して切りつけてくる剣の使い手を攫おうなんて馬鹿は…
「俺だって簡単には手出しはされないし、負けない自信はある。ただ、常に気配を読み気を張り続けるには限界がある。お前なら…お前の周りなら気を休められる」
確かにさ、狙われてるのを常に警戒して夜も眠れないのは気の毒だとは思うよ。
思うんだけど…
「おおっ…このベッドの沈み具合最高だな!フィーも寝転がってみろ」
いや、あのさ…。もうこれさ、わざとでしょ?流石に色恋に疎い私でも分かるわ。
手を繋いだまま高級家具店に入店し、声高にダブルベッドを選ぶ男女…
どう見てもバカップルだ…。よもや自分がそんなものの当事者になり、馬鹿を丸出しにするとは思ってもみなかった…
私はベッドに寝転がっているジーク先輩に近づくと小声で怒った。
傍目から見るとイチャイチャしているように見えているとは思ってもみなかったが…
「いい加減にして下さい!仕事を抜けて来ているんですよ。それにそんなビラビラした天蓋付きベッドなんて必要ありません!」
「え〜?だってフィーのベッドってセミダブルだろ?狭いよ〜」
何故知っている!?
待って待って?落ち着け!随分前ではあるが、飲み会があって飲み過ぎて夜の独り歩きは危ない…とか何とか言われて、ジーク先輩家の馬車で送ってもらったことあったよね?
あの時先輩、家の中に入って来たっけ?酔っぱらっていて肝心な所があやふやだ…
ジーク先輩は店長さんと何か会話をした後に
「じゃあ帰るか〜」
と立ち上がった。そして自然に私に寄り添う…。
「はっきり申し上げても宜しいでしょうか?」
「何だ?」
「今は追跡者らしき者の魔力は感じませんよ?」
「そうだね。こちらに意識を向けている人に害意は感じないね」
やだ…診える目を持っていなくても害意とか分かるの?…っていうのは置いておいて。
「何故近づいて来て…尚且つ腰を触るのですか?」
「だってフィーの旦那だし!」
フィーの旦那だから!フィーの旦那の言う事だぞ!フィーの旦那なのだから当たり前だ!
色んなバージョンの言い訳に使われてしまいそう…。頭痛い…
「いまは500歩譲って近づいてもいいですが、城に帰ったら絶対に近づかないで下さいね!いいですね!」
「俺からは近づかないよ~?」
いちいち引っかかる言い方をするわね…
その後は二人で競歩のような速度で城に帰った。そして城門を潜るとジーク先輩は私から離れてくれた。
ふぅ…やれやれ。
と思ったら、ジーク先輩は知り合いの武官の方を見つけたようで走り寄って行った。
そして大声で叫んだ。
「おーい、聞いてくれよ!とうとう俺、結婚したんだー!」
「ええ!?マジィ!?お前、相手誰っ?」
「ちょおおおおっ!先輩っ…」
絶叫したものの、先程近づくな!と言った手前、自分からジーク先輩に近寄れないっ!
やられたっ!嫌味先輩めっ…ジーク先輩が大声で話し出すもんだから、ワラワラと人が集まって来て人だかりが出来始めた。
私は素早く中庭に飛び出すと植え込みの陰に隠れて歯ぎしりした。
今更のこのこ近づいて、ジークレイの妻です…とかしゃしゃり出るのもおかしいし…くそぉ…
「ええっ!相手はあのミルフィーナ嬢なの!?」
ああ嫌だ…メイドの女の子達の叫び声も聞こえる…
まだ軍に入隊したての頃を思い出した。その頃、配属先のジークレイ先輩に色目を使っているとか…難癖つけられて、裏庭に呼び出されてばかりだった。
年嵩のメイドのお姉様達にグルリと囲まれて恐ろしくて怖くて…
正直に言うと私の盾と言われるほどの防御術のすべては怖ーいお姉様達から身を守る為に編み出されたと言っても過言ではない。
気配を絶ち…姿を眩ませ…嫉妬の目から逃げ切る為だ。
先輩の楽しそうな声と沢山の人のざわめきが聞こえる。
私は防御障壁を張り…ありとあらゆる姿を隠せる術をかけて植え込みの陰から出て庭を横切ろうとした。
すると間髪を容れずにジーク先輩が中庭に飛び込んで来た。
「フィー?フィーどこに居る?術を使ったのか?返事をしろ!」
ジーク先輩の後ろには、野次馬だろうか…武官の方やメイドや沢山の人がついて来ている。
見せ物じゃないし…
「こらこら、廊下で騒がない!」
術を解いて姿を現そうか、迷っているとカイト殿下がフラり…と現れて迷うことなく私を見つめると
「ミルフィ、君の兄上が事務所に乗り込んで来てるよ?パルンじゃ持て余しちゃってるから、早く帰ってきてよ」
と言って、おいでおいで…と手招きした。やっぱり私のことが視えているんだわ。流石カイト王太子殿下…
「で、殿下?そこに…フィーが居るんですか?」
これは完全に私の事が診えてないわね?
今、悪漢…失礼、ジャレンティア王女殿下や凄腕の暗殺者が潜んでいたら、先輩殺されているよ?
私は防御術を解きながら…ジークレイ先輩の至近距離に移動して先輩の綺麗な顔を見上げた。
突然現れた私にギャラリーから悲鳴や歓声、何故だか拍手まで起こっている。
「私が暗殺者や悪漢だったらどうするのですか?」
私はジークレイ先輩の心臓辺りを指で刺すようにトントン…と何度も突いてやった。
先輩は私に指で突かれながら…固まっている、と思ったら急に地面にしゃがみ込んだ。
「ど、どうしたの?先輩…」
「先に行け…俺の事は捨て置け!…後で行く」
まるで戦場での格好良い台詞みたいだけど…どうしたのかしら?気分でも悪いのかな…
「ああ、ミルフィーナ嬢は先に戻ってな」
「大丈夫大丈夫。男には時として地にひれ伏さねばならん瞬間があるんだ」
同僚の武官の方や役人、地廻りと呼ばれる警護のお兄様とかが、一瞬でジーク先輩の周りを取り囲んだ。
周りを囲まれて先輩の様子が伺えないのだけど…本当に大丈夫なの?
「ミルフィーナさんも、ここじゃいけなかったよ!」
丸眼鏡の宰相補佐のルーヴィットに言われて、首を捻った。
ここじゃいけない?イヤだ、私何かしたのかしら?
「ルー!余計なことは言うな」
もっと踏み込んで聞こうとしたけれど、カイト殿下に促されたので、仕方なく事務所に戻った。
「遅いぞ!ミルフィ、ジークはどうした」
イライラした様子の私の兄、ミケランティス=クワッジロ公爵家長男が私によく似た涼しげな目を向けてきた。
そう、私の兄のミケランティスとジーク先輩は同い年で幼馴染の間柄だ。
「今、人伝に聞いてきた。お前ジークと結婚したそうじゃないか!」
ああ…怒られるかな。
と、身構えているとミケ兄様はパッと笑顔になると私を抱き締めてきた。
「なんだよ、もう〜!あれほどジークと引っ付けたくて小細工していた時には手応え無しだったのに…今更かよ!」
引っ付けたくて小細工?それは知らなかったわ。
「父上と母上には知らせておいたから、今日は実家に帰れ」
またこれは面倒な…
「面倒だな…とか思っているんだろ?ジークもうちも個人の気持ちより家の体裁を整えることに重きを置かれる。そこは諦めろ…んで…お前、まさか出来たんじゃないんだよな?」
できた…?はっ妊娠!?
「ちち…違いますっ!まさかそんな…!」
ミケ兄様は恐らく急に結婚した件を怪しんでいるんだろうけど…言っていいんだろうか…?
するとカイトレンデス殿下が
「詳しくは今度な!」
とミケ兄様の背中を叩かれた。兄様はカイト殿下の雰囲気に何かを感じたようで、チラッと私を見た後に
「今日は帰らなくていいよ。殿下にお話し伺ってからにするから」
と言って事務所を出て行った。察しが良い兄って助かるよね。
先程、王女につけ回された…て言っていたけれど、もしかしてここまでついて来ているの?思わずゾッとして公所内を見回してしまう。
「483番の番号札の方~」
ジーク先輩は呼ばれるや否や、ダッシュで窓口に走り込んだ。さっきからすごく急いでいるけど、それほど慌てないといけないことなのかな?
「これだ、早く受理してくれっ…」
受付のお姉様は美形のジーク先輩に至近距離で見詰められて、顔を真っ赤にしながら
「はひぅ…少々お待ちくひゃさいましぇ…」
と噛み噛みになりながら婚姻届を受け取っていた。そして暫く離席された後…首を捻りながら戻って来られた。
「あの…昨日づけでジークレイ=ホイッスガンデ様の婚姻届がブーエン王国から出されていますけど…」
「ええ!?」
「しまったっ!っくそ…それは無効だ!早く捨ててくれ!」
またも詰め寄られた受付のお姉様は顔を真っ赤に染めながら
「しょしょ…少々お待ち下さい!」
と公所の奥に走って行った。
「ジーク先輩…」
「なんだ?」
「もう諦めては?」
ジーク先輩はカッと目を見開いた。おまけに魔力をバシッと私にぶつけてきた。
「お前はアレを見ていないから簡単にそう言えるんだよっ…!お前だって初対面で胸を触られてみろ…吐き気がするほど気持ち悪いだろう?」
確かに…初対面どころか気の無い相手から体を触られるのはゴメンだ。
「今の俺はミルフィーナに守られなければ生きて行けない」
何だか台詞が格好良いけれど、普通は男女逆だからね、それ?
「ホイッスガンデ様…お待たせしました」
受付のお姉様は上役っぽいおじさんを連れて戻ってこられた。私達は別室に移動し、鬼の形相のジーク先輩の説明に上役のおじさんは冷や汗をかいていた。
「そ、そうでございますか…確かにブーエン王国から発行されています婚姻届の署名は別人の魔跡のようですし、これは不受理ということで…今回提出頂きました国王陛下の御署名が入った婚姻届の方を受理させて頂きます」
「頼んだよ」
ジークレイ先輩は満面の笑顔だ。
「さあ、帰ろうか。フィー」
フィーって誰?
ジーク先輩は私に手を差し出している。
「ほら、手を」
ああ、なるほど!ってあれ?
「何故、手を出すのですか?」
「俺達、今夫婦になっただろ?外で手を繋いだっていいじゃないか」
ジーク先輩は手を更に突きだしてきた。
「パッケトリア最強の盾は伊達じゃないよな?俺ぐらい悪漢の魔の手から守ってみせるよな?出来るよな?」
他国の王女殿下を悪漢呼びしているけれど、ジーク先輩の言いたいことはよく分かる。
最強の盾が守っているのに、奪われたり傷つけられたり、あってはならない。国の名折れだ。
私はジーク先輩の手を握り締めた。
「勿論です。最強の盾の力でジーク先輩を全力でお守りします」
ジーク先輩はうっとりするような微笑みを私に向けてきた。
「よし!そうと決まればフィーの家に引っ越しだな。忙しくなるなぁ〜!」
な?何だって?
「いつの間に私の家に引っ越しして来ることになっているのですか?」
「だってフィーは一人暮らしだろ?わざわざ物件探す手間が省けていいじゃないか?」
ええ、一人で生きていく気満々で家を買いましたが…まさかの結婚して新居になるとは。
公所からの帰り道、ジーク先輩は手を繋いだままだ。
私は追尾と探査の魔法を周囲に張り巡らして歩きながら、尾行されていないかを警戒していた。
「そうだ、新居用にダブルベッドを買おうか?」
周囲の警戒をしていて、ジーク先輩の言葉に反応が遅れた。
「ダ…ダブ…?」
「今から行こうよ、ほらおいで」
ちょっと待って?この爽やかな人は誰?ジーク先輩の皮を被った別人かな?
その時、私の追尾魔法に誰かが引っ掛かった。すぐに探査魔法をかけた。
数は2人…捕縛しようか、と考えていると手を強く握られてハッとした。
「出国してからつけられてるんだ。俺に恋人が本当にいるのか確かめているんだろ?」
ジーク先輩は私の耳元に顔を近づけてきた。
ちょ…ちょっと!近い近いっ!もしかしてこんなところで…キ…キ…。
「もし恋人がいないのなら…攫おうとしていたのかもしれん」
キ…じゃなかった。びっくりした。イヤでもね、そんなに耳元に息を吹き掛ける必要あるかな!?
しかし、先輩を攫う?ご冗談でしょ。
一瞬でも敵意を感じたら魔法を力業で無効化して切りつけてくる剣の使い手を攫おうなんて馬鹿は…
「俺だって簡単には手出しはされないし、負けない自信はある。ただ、常に気配を読み気を張り続けるには限界がある。お前なら…お前の周りなら気を休められる」
確かにさ、狙われてるのを常に警戒して夜も眠れないのは気の毒だとは思うよ。
思うんだけど…
「おおっ…このベッドの沈み具合最高だな!フィーも寝転がってみろ」
いや、あのさ…。もうこれさ、わざとでしょ?流石に色恋に疎い私でも分かるわ。
手を繋いだまま高級家具店に入店し、声高にダブルベッドを選ぶ男女…
どう見てもバカップルだ…。よもや自分がそんなものの当事者になり、馬鹿を丸出しにするとは思ってもみなかった…
私はベッドに寝転がっているジーク先輩に近づくと小声で怒った。
傍目から見るとイチャイチャしているように見えているとは思ってもみなかったが…
「いい加減にして下さい!仕事を抜けて来ているんですよ。それにそんなビラビラした天蓋付きベッドなんて必要ありません!」
「え〜?だってフィーのベッドってセミダブルだろ?狭いよ〜」
何故知っている!?
待って待って?落ち着け!随分前ではあるが、飲み会があって飲み過ぎて夜の独り歩きは危ない…とか何とか言われて、ジーク先輩家の馬車で送ってもらったことあったよね?
あの時先輩、家の中に入って来たっけ?酔っぱらっていて肝心な所があやふやだ…
ジーク先輩は店長さんと何か会話をした後に
「じゃあ帰るか〜」
と立ち上がった。そして自然に私に寄り添う…。
「はっきり申し上げても宜しいでしょうか?」
「何だ?」
「今は追跡者らしき者の魔力は感じませんよ?」
「そうだね。こちらに意識を向けている人に害意は感じないね」
やだ…診える目を持っていなくても害意とか分かるの?…っていうのは置いておいて。
「何故近づいて来て…尚且つ腰を触るのですか?」
「だってフィーの旦那だし!」
フィーの旦那だから!フィーの旦那の言う事だぞ!フィーの旦那なのだから当たり前だ!
色んなバージョンの言い訳に使われてしまいそう…。頭痛い…
「いまは500歩譲って近づいてもいいですが、城に帰ったら絶対に近づかないで下さいね!いいですね!」
「俺からは近づかないよ~?」
いちいち引っかかる言い方をするわね…
その後は二人で競歩のような速度で城に帰った。そして城門を潜るとジーク先輩は私から離れてくれた。
ふぅ…やれやれ。
と思ったら、ジーク先輩は知り合いの武官の方を見つけたようで走り寄って行った。
そして大声で叫んだ。
「おーい、聞いてくれよ!とうとう俺、結婚したんだー!」
「ええ!?マジィ!?お前、相手誰っ?」
「ちょおおおおっ!先輩っ…」
絶叫したものの、先程近づくな!と言った手前、自分からジーク先輩に近寄れないっ!
やられたっ!嫌味先輩めっ…ジーク先輩が大声で話し出すもんだから、ワラワラと人が集まって来て人だかりが出来始めた。
私は素早く中庭に飛び出すと植え込みの陰に隠れて歯ぎしりした。
今更のこのこ近づいて、ジークレイの妻です…とかしゃしゃり出るのもおかしいし…くそぉ…
「ええっ!相手はあのミルフィーナ嬢なの!?」
ああ嫌だ…メイドの女の子達の叫び声も聞こえる…
まだ軍に入隊したての頃を思い出した。その頃、配属先のジークレイ先輩に色目を使っているとか…難癖つけられて、裏庭に呼び出されてばかりだった。
年嵩のメイドのお姉様達にグルリと囲まれて恐ろしくて怖くて…
正直に言うと私の盾と言われるほどの防御術のすべては怖ーいお姉様達から身を守る為に編み出されたと言っても過言ではない。
気配を絶ち…姿を眩ませ…嫉妬の目から逃げ切る為だ。
先輩の楽しそうな声と沢山の人のざわめきが聞こえる。
私は防御障壁を張り…ありとあらゆる姿を隠せる術をかけて植え込みの陰から出て庭を横切ろうとした。
すると間髪を容れずにジーク先輩が中庭に飛び込んで来た。
「フィー?フィーどこに居る?術を使ったのか?返事をしろ!」
ジーク先輩の後ろには、野次馬だろうか…武官の方やメイドや沢山の人がついて来ている。
見せ物じゃないし…
「こらこら、廊下で騒がない!」
術を解いて姿を現そうか、迷っているとカイト殿下がフラり…と現れて迷うことなく私を見つめると
「ミルフィ、君の兄上が事務所に乗り込んで来てるよ?パルンじゃ持て余しちゃってるから、早く帰ってきてよ」
と言って、おいでおいで…と手招きした。やっぱり私のことが視えているんだわ。流石カイト王太子殿下…
「で、殿下?そこに…フィーが居るんですか?」
これは完全に私の事が診えてないわね?
今、悪漢…失礼、ジャレンティア王女殿下や凄腕の暗殺者が潜んでいたら、先輩殺されているよ?
私は防御術を解きながら…ジークレイ先輩の至近距離に移動して先輩の綺麗な顔を見上げた。
突然現れた私にギャラリーから悲鳴や歓声、何故だか拍手まで起こっている。
「私が暗殺者や悪漢だったらどうするのですか?」
私はジークレイ先輩の心臓辺りを指で刺すようにトントン…と何度も突いてやった。
先輩は私に指で突かれながら…固まっている、と思ったら急に地面にしゃがみ込んだ。
「ど、どうしたの?先輩…」
「先に行け…俺の事は捨て置け!…後で行く」
まるで戦場での格好良い台詞みたいだけど…どうしたのかしら?気分でも悪いのかな…
「ああ、ミルフィーナ嬢は先に戻ってな」
「大丈夫大丈夫。男には時として地にひれ伏さねばならん瞬間があるんだ」
同僚の武官の方や役人、地廻りと呼ばれる警護のお兄様とかが、一瞬でジーク先輩の周りを取り囲んだ。
周りを囲まれて先輩の様子が伺えないのだけど…本当に大丈夫なの?
「ミルフィーナさんも、ここじゃいけなかったよ!」
丸眼鏡の宰相補佐のルーヴィットに言われて、首を捻った。
ここじゃいけない?イヤだ、私何かしたのかしら?
「ルー!余計なことは言うな」
もっと踏み込んで聞こうとしたけれど、カイト殿下に促されたので、仕方なく事務所に戻った。
「遅いぞ!ミルフィ、ジークはどうした」
イライラした様子の私の兄、ミケランティス=クワッジロ公爵家長男が私によく似た涼しげな目を向けてきた。
そう、私の兄のミケランティスとジーク先輩は同い年で幼馴染の間柄だ。
「今、人伝に聞いてきた。お前ジークと結婚したそうじゃないか!」
ああ…怒られるかな。
と、身構えているとミケ兄様はパッと笑顔になると私を抱き締めてきた。
「なんだよ、もう〜!あれほどジークと引っ付けたくて小細工していた時には手応え無しだったのに…今更かよ!」
引っ付けたくて小細工?それは知らなかったわ。
「父上と母上には知らせておいたから、今日は実家に帰れ」
またこれは面倒な…
「面倒だな…とか思っているんだろ?ジークもうちも個人の気持ちより家の体裁を整えることに重きを置かれる。そこは諦めろ…んで…お前、まさか出来たんじゃないんだよな?」
できた…?はっ妊娠!?
「ちち…違いますっ!まさかそんな…!」
ミケ兄様は恐らく急に結婚した件を怪しんでいるんだろうけど…言っていいんだろうか…?
するとカイトレンデス殿下が
「詳しくは今度な!」
とミケ兄様の背中を叩かれた。兄様はカイト殿下の雰囲気に何かを感じたようで、チラッと私を見た後に
「今日は帰らなくていいよ。殿下にお話し伺ってからにするから」
と言って事務所を出て行った。察しが良い兄って助かるよね。