旦那を守るのも楽じゃありません
結婚と嘘
「カイトレンデス殿下の仰った通り、ジャレンティア王女に抱きつかれたのも本当だ。開口一番、私のすべてを貰ってくれ…と言われたのもゾッとした」
「怖っ…」
思わず口が滑ってしまった。仮にも王女に不敬だわ。
「本当怖いよ。しかもその日夜、俺の泊まってた客間に王女の気配が近づいて来たんだよ。俺さ、サイエスと同室何だぜ?仮にも一国の王女が男の部屋に押しかけて来るなんて…」
サイエスとはジーク先輩より一つ下の魔術師団の術士だ。
「サイエスに魔物理防御障壁を張ってもらって、二人で息を潜めていたんだけど…部屋にやって来た王女はずっとドアを叩いてるし、名前呼ぶし、ドアノブをガチャガチャ回すしとてもじゃないけど寝ていられない。仕方ないから、サイエスとその場から転移して城外に出て、ほとぼりが冷めるまで二人で飲み屋で時間を潰してた」
本当に大変だったわね…サイエスには後でお詫びも兼ねて菓子折り持って行っておこう。
「しかも最悪なことにさ、朝になったらあの○ソ王女が協議の場に乗り込んで来てさ『夜に私と睦み合った、既成事実が出来た。嫁に行く』とか訳分からんことを言って来てさ。サイエスが夜は飲み屋で一緒だったと言ってくれたから、助かったけど…それでも庇ったサイエスに罵声を浴びせてた。それを見たカイトレンデス殿下が激おこになってさ。予定を取りやめにしてすぐに帰国の手続きをしたって訳」
「それでどうして私が狙われるのでしょうか?以前言っておられた恋人の名前に私の名前を出したからでしょうか?」
ジーク先輩は気まずげに頷いた。
「外せない会談や視察は予定通りに行うとして、観光に当てていた日程を取りやめることで少しでも帰国を早めようとしたんだ。その日の昼過ぎ視察に出かけようとしていた俺達の前にまた、アレが現れて…『結婚していないのなら私が嫁に行けばちょうどいいではないか!早く結婚しよう』と懲りずに言ってきたんだ」
「もはやご病気ですわね」
「…だな。兎に角その時にブーエン国王が、それならどうだろうか?娘と結婚を…とか言い出してきて、もう慌てちゃって…その時もうフィーの名前しか浮かんでなくてさ、恋人ですって言っちゃったんだ」
「言っちゃったんですか…」
ジーク先輩はベッドから私の方へ手を出した。来い…てことかな?仕方なしにベッドに腰掛ける先輩に近づいた。
ジーク先輩は私の体を引き寄せて抱き寄せると腰に手を回してご自分の顔を私の胸に押し付けた。
「言った後、殿下に怒られた。あの手の押しの強い女性の前でミルフィの名前を出すのはマズいと…もしミルフィが嫌がらせでも受けて怪我でもしてみろ、どうするんだ…本当だよ、俺考えなしにフィーの名前出して、おまけにこんな危険な目に合わせて、ゴメン」
先輩の柔らかい髪が私の顎にフワフワ当たってこそばゆい。
「結局、先輩の方は誘拐とか連れ去り…の危険性は無いのでしょうか?」
「そこなんだよな…」
ジーク先輩は立ち上がった。あのね、もう離れてもらってもいいんですけど?
「お前は俺が守ってやるから、お前も俺を守ってよ」
「何だか言葉の表現がおかしくありませんか?」
「だな~」
クシャッと破顔するジーク先輩は大きいくせに可愛い。そう、可愛いのだ。
昔から可愛い系の動物とか装飾品はすごく好きなのよね…
仕方ない、可愛い先輩の為に頑張りますか。
「先輩、寮の掃除早く済ませちゃいましょうよ、実はお弁当作ってきているんですよ!」
そう言うと先輩はすごい勢いで部屋の掃除を始めた。
そして、片付けを終えた私は部屋に備え付けの保冷箱の中からお弁当を出してくると、先輩をベッドに腰掛けさせた。
嫁と言ったらこれでしょう?してみたかったのよね~
「はい、あ~ん」
「‼」
私がサンドウィッチを一つ取り出してジーク先輩の口元に持っていった。
ジーク先輩は顔を真っ赤にして口をパクパクしている。
「先輩?」
ジーク先輩はゴクンと唾を飲み込んだ後、一気にサンドウィッチにかぶりついた。しかもかぶりついた後、私の指の先も何故か舐めまわしている?
「ちょ…先輩?」
「ん…。美味い」
流石に私だって、今そういう雰囲気だっていうのは分かる…分かるけど。
ジーク先輩の目が妖しく光っている。指の先から離れた唇は素早く私の唇に重ねられた。軽く唇が触れて、先輩に顎を持ち上げられた。
「フィー…」
「先輩…」
「名前で呼んで」
先輩…ジークの顔が近づいて来て、目を伏せながらジークと小さく呼んでみた。唇からジークの魔力が流れ込む。気持ちいい…
「ん…。はっ…」
お互いの舌が絡み合う。ジークから魔力も流し込まれて、体がジークの魔力で痺れて、体が熱くなる。ジークの手が背中から腰を這い、胸の辺りを優しく動いて行く。
流石にここで…と少し身じろぐとジークは気が付いてくれたようだ。
「すまん、ここじゃムードも無いな…」
「お弁当食べましょう…」
こ、声が掠れてしまっている。ジークは少し笑いながらチュッと私の額に軽く口づけをした後、お弁当の続きを食べ始めている。
い、色気がすごかった…前からモテてるしそこそこ付き合っている女性の存在も知ってはいるけど、いつもこんなに色っぽいの!?
なんとかお弁当を食べ終えると、退寮手続きをして寮を後にした。寮を出る時から自然に手を繋いでいるけど、何だか恥ずかしい…繋いでいる手をジークが指先で時々撫でるの、すっごくエロイんですけど。
「このまま帰るの?」
「え、あ…市場に寄って帰ってもいいですか?」
ジークは嬉しそうに私の手を引っぱると市場へと足を向けた。
市場に入ると物珍しいのかキョロキョロと辺りを見回し、店頭で店主と話し色々と買い込んでいる。
買い物をしながら質問をしてくるので答えながら一緒に市場を周った。
「市場っていっぱい店があるんだな~俺、飲み屋が集まっている商店街の裏側ぐらいしか行ったことないよ」
ジークは買った食材を全部持ってくれて、尚且つ片手にチェロスを持って食べている。
「沢山ありますけど、値段もそれぞれなので買う時は注意が必要ですよ?」
「なるほど、フィーといると勉強になるな~」
「ジークが不勉強なんです…あら?家の前にどなたか居ますね」
「ん?あっ…!」
家に帰って来ると、玄関先にスラッとしたスーツを来た男性が立っている。その男性は私達に気が付くと綺麗なお辞儀をされた。
「ぼっちゃまお久しゅうございます」
「ぼっちゃま…」
私はジークの顔を見た。
「初めまして、奥様。ホイッスガンデ家の執事をしております。クレントと申します。以後お見知りおきを」
まあ侯爵家の執事様! 私は淑女の礼をした。
「初めまして、ミルフィーナ=クワッジロと申します」
クレントさんはハンカチーフを取り出して「うぅ…」と言いながら目頭を押さえた。
「苦節10年…ようやくようやくぼっちゃまも目を覚まされましたか…」
「うるせーよ。前から覚めてるよ!」
「嘘をおっしゃい。最近までフラフラしておられて、ミケランティス様からの打診ものらりくらりかわして…旦那様とも心配して…」
「ああ、もういいよ。分かった、分かったから!ミルフィーナを嫁に迎えたんだから文句ないだろ?」
とジークが言うとクレントさんはパッと明るい笑顔になられた。
「そうでございますね!クワッジロ公爵家の歴としたお嬢様です。ああ、これでやっと…ぼっちゃまがマトモになる」
ジークが頬を膨らませた。
目が覚める…マトモ…恐らくこうもクレントさんに心配をされるのはアレが原因だと思う。
今から10年前
まだ少年と言ってもおかしくない年のジークは20才の伯爵令嬢に引っかかった。こう表現したのは私の兄、ミケランティスだ。
当時も兄は家に帰って来ては、あの性悪が…とかあばずれが…とかその伯爵令嬢を罵倒していたのを覚えている。
要はまだ女遊びも知らないような初心な侯爵家の次男、ジークレイを年上のお色気で誘い出し、免疫の無いジークレイが捕まり、金品を強請られ酒場に連れ込まれたりして、如何わしい事を年上のお姉様にされた…らしい。
あくまでらしい…しか私は知らない。正直、兄と連れだって遊ぶジークレイしか知らないし、私には昔から嫌味っぽくて、とても男女の色香を感じる何かをしているイメージが湧かなかったからだ。
兄も侯爵家の方々も早く別れるように諭したり怒ったりしたそうだが、反対されれば燃え上る?若い頃の悪い面が出てしまい、益々年上女にのめり込む…という状態だったらしい。
私には関係ないわ…とこの頃は思っていたのだが、私の中だけではあるが事件が起こったのだ。
それは私が舞踏会デビューした夜のデビュタントの会場内で起こった。
私のデビュタントのエスコートをジークレイがすることになった。侯爵家の逆指名というか、是非ミルフィーナ嬢のエスコートをうちのジークレイにさせて欲しい…とか何とか。ようは親のごり押しだった。
ああ、これがミケ兄様が以前言っていた、引っ付けようと小細工した…なのかな?
とにかく、不本意なのだろうムスッとしたジークレイにエスコートされて会場入りし仲良しの令嬢達とお互いのドレスやアクセを褒め合い、カイトレンデス殿下格好良いね~と話していた時に…それがやって来た。
御年20才のジークレイの年上の彼女…伯爵令嬢だ。
私は彼女に腕を掴まれて空き部屋に連れて行かれ、酒臭い息と香水の匂いに耐えながら
子供のくせにジークレイに色目を使うな!そんな貧弱な体で何が出来る!私は……とか…とか、お前になんて出来はしない!…とかなり卑猥なことを言われた記憶がある。
当時私はまだ12才の公爵家のお嬢様だ。下位の貴族の娘から詰られたことも怒鳴られたことも無いお嬢様な私は、ただ泣きじゃくりその伯爵家の令嬢に扇子で散々頬をぶたれた後、一人空き部屋に放置された。
録でもない…あんな女。兄様があばずれ…とか言っていた意味が分かった気がした。つまりはあんな性悪女とつるんでいるジークレイも録でもない男ということだ。
当時の私は一人、泣きながら自身に治療魔法を施しデビュタントの会場に戻った。
ファーストダンスはエスコート役のジークレイだった。
ジークレイは踊っている間何も言わなかった。只ジッと私を見ているだけだった。
あの女に詰られて扇子で頬をぶたれたのは当事者以外は誰も知らない。
この時から私の中でジークレイはろくでもない大人のカテゴリーに入っている。