愛染堂市
 
『―――ただな小池』


「はい」


『俺達には、んな事は関係ねえんだよ』


「・・・中島さん」


『俺達は、水際の災害を防ぐだけの防波堤みたいなモンだ』


「・・・それは分かってますが」


俺の言葉に小池は気を落とす。

小池自身も自分の本分は理解している、理解しているからこそ口から出たボヤキなんだろうが、残念ながらそんなボヤキすら許されない立場に俺達は居る。


『―――小池』


 路地裏に侵入してくる車のヘッドライトが、曲角の向うからぼんやりと道を照らす。

小池も俺の言葉に反応し「奴でしょうか?」と少し声のトーンを落として言う。

俺は少し身を潜め『わからん』と応え、路地を照らすヘッドライトの先を見据えながら『タクシーでは無いだろうな』と付け加える。

ヘッドライトは曲角をゆっくりと曲がり、俺達の車の数十メートル前の雑居ビルの前で停まる。


「・・・奴でしょうか?」


『あんな黒塗りのドイツ車が、ただのタクシーだったら俺はこんな仕事やってねえな。・・・出てくるぞ』


黒塗りの外車は辺りを確認するように数秒の間を置き、ヘッドライトを余韻を残すようにスゥッと消す。

後部座席のドアが開き、中から出てくる人影が見える。


「・・・奴です」


俺が写真の男と合致したと同時の瞬間に、小池の口からも確信めいた声が出る。

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