愛染堂市
案の定と言うべきか、奴は俺の言葉に表情一つ変えず、まるで何事も無かったかのように佇む。
『・・くっそぅ・・まだ余裕かよ』
銃口の先に見える奴に狙いを定める事が出来ない。
―――闇
正に奴は闇そのものだった。
圧倒的優位に立っている筈が、奴に向けている銃口は時折ブレる。
闇に溶け込む奴と景色が霞む。
安全なこの国にあって、それでもなお特殊な仕事で、俺はそれなりに修羅場をくぐって来た。
だがそれが錯覚であると感じてしまう、経験が後押ししたセンスを過信していたと思わざるをえない。
奴と俺の間には、そんなもんじゃ推し量れない差がある。
まるでイキモノとしての質の違いのようなモノが、そこには確かに存在していた。
空気すら重たく感じる程の静寂が境内を包み込み、その静寂は俺から時間の観念をも奪おうとしていた。
奴に銃口を向けたまま、微動だに出来ずにいた俺に小池が背後から「中島さん」と心配そうに呟き掛け、俺は引き戻されるように我に返る。
そして小池に相槌を打った後、銃口を奴に向けたまま、ゆっくりと慎重に奴に歩み寄る。
相変わらず奴は表情を変えず、俺は照準を定めきれないが、静寂の重圧に押し潰されそうな俺は、他の術を知らないかのように、そうするしかなかった。