愛染堂市
 
 木村は俺の目から視線を外し、掴んだその手を放すと、またコーヒーカップを覗き込み、確認するかのように手にとって、底の見えそうな琥珀色を飲み干した。


「――それが、もしお前の事務所から出たらどうだろう?」


『何!?』


「――新宿区百人町の虎心会系列山本組の組事務所から、末端価格三百万円相当の覚醒剤を押収・・・」


『テメェ、何言ってやがる!?』


俺は外された目線を戻すように覗き込み返し、木村に剥き出しの敵意を向ける。


「ヤマモト・・・黙って協力してくれりゃあ、お前にとっても決して損な話じゃねえんだよ。「ヤクはやらねえ」なんて突っ張ってみたところで、今の御時世だ。何かとヤクザの生きにくい時代だ、バブルの頃とは違うだろ?」


『テメエ・・・』


情けない事に俺は、返す言葉も見つからず、ただ駆け出しの三下みたい凄む事しか出来ずに居る。


「ヤマモト・・・まあそんな怖い顔せずに座って、俺の話を聞けよ」


木村はそう言って右手をかざし、俺の立った席を指す。

俺は木村に敵意を向けたまま、もう一度席に腰を下ろす。

 俺が席に着くと、木村はまた苛つくニヤけ面を作り、店内を眠たげに見回すウェイトレスに、「ネエちゃん、コーヒー」と一際大きな声で呼び掛ける。

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