愛染堂市
飛び散った男の後頭部を軽く集めてビニール袋に入れる。
そして床に敷いたビニールの上の血を、新聞紙で吸って、それを同じビニール袋に入れる。
俺は床を汚すのが嫌いだ。
だからいつもビニールを敷いて、テープを使って丁寧に養生する。
そして仕事を終えるとビニールを剥がし、それに死体を包み片付ける。
俺が仕事を終えると壁だけに血痕が残る。
いつ頃からか俺は『ペンキ屋』と言われる様になった。
俺はこの呼び名が気に入っている。
『まあ・・もっとも俺の塗るペンキは、赤一色だけだが・・』
俺にとって本名は、いつ頃からか意味を持たなくなった。
『ただ・・・この街の中では俺の名前など端から意味も無いが』
ビニールに包んだ男を抱えて、俺はビルの外に出た。
いつの間にか外は明るくなっていた。
俺は自分のアメリカ製の大きなバンのトランクを開けて、愛人と今村のビニール包みの上に、ビニール包みの男を投げ込む。
路肩で酔っ払いがゲロを路上に吐き付けていた。
野良犬がゴミ置き場の袋を荒らし、カラス共がこぼれた生ゴミをあさっている。
朝帰りのホステスがふらつきながら眠そうに歩き、酔っ払いのゲロを踏んで不快な顔をしている。
『実にドブ臭くて汚ねぇ街だ。』
だが俺はこの『愛染堂』と言う街が気に入っている。
この街だけが俺を受け入れてくれる。
俺はタバコに火を点けながらエンジンを掛ける。
役に立たないカーナビが連動して作動する。
俺はそんなカーナビを軽くこつき、車を走らせ始める。
カラス共が俺の車を除けて散っていく。