愛染堂市
 
「お嬢ちゃん・・・この街にゃぁ善人は居ねぇよ・・・ただし悪人でも無え」



『・・・何それ?』



「生きる術は人それぞれ違うって事だよ」



 アタシは車屋のジイサンの言ってる事が分からない。

車屋のジイサンはそんな困惑したアタシの顔をしばらく眺めて、また帳票に目を落とす。



「・・・アイツに会った何回かのうちで、女連れは今日が初めてだ」



 車屋のジイサンは中空を眺めて誰にと無く言葉を吐いた。



『・・・へぇ』



「お嬢ちゃんはペンキ屋とは長いのか?」



『う~んそうねぇ・・・二時間程かなぁ』



「・・・なっ?!」



『銃で脅されて連れて来られたの』



「脅されたぁ?!」



『そう・・・だから車は戻って来ないかもよ』



「そおかぁ・・・軽トラにしとけば良かったなぁ」



 車屋のジイサンは少し笑いながら呟いた。

そしてまた慌しく机の上の帳票を整理し始める。



 アタシはこのままペンキ屋が戻って来ない事を考えた。

 アイツに銃を突き付けられたにも関わらず、アタシはペンキ屋が戻って来ないと酷く悲しいと思った。

そして自分の考えている事が、とても普通じゃ無い事に気付き、一人で可笑しくなって含み笑いを浮かべた。

 車屋のジイサンはそんなアタシの事を不思議そうに眺めていて、アタシは少し恥ずかしくなった。


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