愛染堂市
―――――中島



「中島さんは平気なんですか?」


 若造が無粋な質問で俺の眠りを妨げる。

若いと言うだけで何でも許される訳じゃ無いが、俺には怒る理由が見当たらなかった。


『・・・何が?』


「中島さんは元々は公安に居たって聞きました」


『・・・で?』


「で?じゃないですよ!!この街を見ても何も感じないんですか?」


『・・・別に』


 俺はそう言って煙草に火を点ける。

この手の駆け出しは本当に困る。

この街では正しい考えは命取りだ。

俺は若造の情熱を無視して、また助手席のシートに身を沈める。

若造も諦めて、黙って運転を始めた。

 朝方の繁華街は不健康な感じがする。

俺はパトカーのシートに深く身を沈め、再度眠りに就いた。


『・・・そんなに正しい事がしたいなら、あの白いバンに職質掛けてみろ』


取り敢えず、あと数時間もすれば当直も終わる。

署に戻る前の退屈しのぎに、俺は若造をかまってやる事にした。


「ま・えだ・・・前田塗装店・・・ただの塗装屋のバンですよ」


『あぁ』


「塗装屋のバンに何の職質を掛けるんです?」


『いいか若造、ここは愛染堂だ。 叩いてホコリの出ねぇ人間が居ると思うか?・・・こんな朝から律儀に仕事してるだけでも、不審者としては十分だ・・・それに野郎が出てきたビルは、もう何年もテナントの入らねえ廃ビルだ。 ・・・そんなビルに塗装は必要か?』


「・・・はい」


 若造は不満気に白いバンの後ろに車を寄せる。

白いバンの中の男は、エンジンを掛けて車を走らせ出した。


 さっきも言ったが、この街で汚れてねぇ人間は少ない。

このバンの男も大方、物取りかジャンキーだろう。

情熱を前面に押し出す、ケツの青いガキにとっては良い経験になるし、俺も当直が終わるまでの退屈をしのげる。


『まぁ、しっかりやりな』


俺がそう言うと、若造はパトカーのサイレンを一鳴り鳴らし、男が此方を振り向いた。

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